小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第21話 10月10日(日) ワタブーショー

「みんな、サンバクィーンに選んでもらったのに、練習さぼっててほんとごめん。これから母子(おやこ)ともども頑張りますから、よろしくお願いします」

 久しぶりに練習会に顔を出したリサちゃんが、みんなの前でぺこりと頭を下げた。

「なにいってるんですかー、そんなこと誰も気にしてませんよ」と、卓が声を掛ける。

「それよりセクシーなダンス、お願いしますね」とはムーネー。すると、いずみちゃんからは、

「ちょっと心配したよー、だけど私がサンバクィーンになれるかと思ったのになー」

 メンバー一同、これには遠慮することなく「はははは」と笑った。まあ、あと1か月、みんな仲良くやっていきましょう。

 それと、わたしからは健司さんの事故の話をした。直接お付き合いのあるメンバーはいなかったけど、一応旗持ちペアを組むつもりでいた尚ちゃんは、

「夏のイベントで見かけただけですけど、一緒に踊れると思ったのに残念です」と、本当に悲しそうな顔をしてくれた。 


 ところで、今日から本格的な作業を始めることになり、お店の前にはいつのもメンバーとは別に、たくさんの人が集まっている。

 倉敷さんと自衛隊の藤川さんとは、午前中から通り会のトラックで単管を買いに行ってくれていて、ちょうど練習を始めようかというときに戻って来た。ほんとは夫も行くべきだったんだろうけど、今日は朝から息子の夜間保育園の運動会。親子エイサー頼まれていたからねー。

 店の前にトラックが停まると、あらかじめ藤川さんの部下の方、6人が待機していて、4メートルの単管を次々と降ろしていく。2階の作業場までは長さ的に階段では無理だったので、何人かがアーケードによじ登り、バケツリレーの様にして窓から直接入れていた。

「オーライ、オーライ、先端を一〇(ひとまるじ)時の方向へ、はい、入れてー」

 慣れた掛け声と手際の良さに、さすが自衛官だなーと感心させられる。作業場ではこの単管を、倉敷さんの設計図の通り、何メートルの長さが何本といった風に切り分けていくそうだ。

 ナーリーさんと慶子さん、そして幸江さんも来てくれた。

「アキさん、よくこんな店、残ってましたね。ステージもあるし客席もあるし、昔のAサイン・バーのままじゃないですか」

 2階に案内すると、剥がれて床にころがったPタイルの破片を足でいじりながら、ナーリーさんが興味深そうに見回している。

「ちょっと埃っぽいけど我慢してちょうだいね」

 この3人には、仮装作りを手伝ってもらう。すでに夫が集めた段ボールが作業場に山積みになっているので、まずはアカバナの衣装から。冷蔵庫の箱を面ごとに切り離し、一面から2輪ずつ花の形を切り出す作業をお願いした。仕上げに赤いペンキを塗るのだけれど、今日はそこまでいけるかな。

 そういったわけで練習会の方も3時には終えて、メンバーにも2階の作業場に上がってもらうことにした。すると、総勢20数名が一同に会すことになった。前に夫が言ってたけど、そうだね、高校の体育祭の準備みたいだね。高校と違うのは、ナーリーさんや幸江さんをはじめ、すでに何人かはビール片手に作業していることかな。

 しかも気が付くと、いつの間にかシロさんも来てくれていた。

「近くを通ったらいっぱい集まってるから、なんだろうと思って。差し入れ持ってきたよ、オリオン、発泡酒だけど」

 そして若い自衛官を捕まえては、早速、いままさに自分たちがいるAサインバーの昔話を始めている。

アメリカ兵はテーブルにドルの札束を置いて、注文するたびにそこから支払っていくんだ。だからウエイターはトレーの裏を水で濡らして、わざとその札束の上に置くんだ。そうするとさ、ドル札がトレーに張り付いてちょろまかせるんだよー」

 この手の話は、お店のカウンターで何度も聞かされている。このあとは、儲かりすぎて大きな袋がないからごみ袋に札束を入れてたら、間違えて捨ててしまったって話じゃないかな。自衛官もビールをご馳走してもらっている手前、単管を切りながらも「へー、そうなんですかー」と、素直に耳を傾けている。

 すると藤川さんがわたしに近づいてきて、

「アキさん、あいつらゲーセンで勧誘員に捕まって入隊させられたような奴らなんですけど、言われたことはきちんとしますんで、よろしくお願いします」

 藤川さんのお父さんも、藤川さんの奥さんのお父さんも海自だそうだ。部下の悪口を言ってるようでも、みんなにはきっと好かれてるんだろう。タバコを取り出すシロさんを見て「ほれ、煙缶(えんかん)持ってきて」と、藤川さんが言うと、すぐに部下のひとりが「了解!」と気持ちのいい返事を残して駆け出して行った。


 やがて、作業がひと段落する頃合いを見計らっていた夫が「じゃあ、そろそろやろうか」と合図してきた。いよいよだ。「そうね、やろう」わたしが答えると、夫はこくりとうなずく。そして、みんなに呼びかけた。

「すみませーん。作業したままでいいですから、ちょっと聞いてください」

 ざわついていた作業場はすぐに静まり返り、みんな何事かと夫の方を向く。そして、その横に立つわたしから、

「あのー、突然なんですが、テーマ曲を変更することにしました」

 小さく「えっ」と声が上がる。

「テーマ自体は戦後の沖縄の復興についてです。平和を歌うことも変わりません。そこはいままでみなさんにお話しした通りです」

 夫が歌詞の書かれたコピー用紙をみんなに配り始めた。ただし受け取っても、ほとんどの人はきょとんとした顔をするだけだ。

「タイトルは『偉大なワタブー、歌おう踊ろう、コザ独立国の大統領と共に』です。ワタブーとはお腹が出た人、照屋林助さんのことです。歌詞はわたしが書きました。それにユージが曲をつけました。どんな歌か歌いますので、聞いてください」

 卓とムーネーには事前に話をしてたので、ふたりはすぐに用意していたスルドとカイシャを叩き始める。そして、わたしは夫とふたりで歌い始めた。


チャンプルーイ テーゲー サン
ノッサ トラディサン(※1)
オ ペイシ ファイス
シマウタ ビラー オ サンバ(※2)
あの日の三線
いまでも止まらぬバンバ(お祭り騒ぎ)
       (繰り返し)

Aサインの街に 陽はまた昇る
悲しみを少し越えて 明日を夢見るとき
トランジスタラジオから 流れる人よ
市場(まちゃぐぁー)の朝に
海人(うみんちゅー)の宵に 三線響く
プラグを差込み コンガ打ち鳴らし
三線響く 

歌いさびらー 踊(うどぅ)やびらー
オーラエー ズンズズン
でたらめアビヤー ワタブー
うちなわぬ カリーツケムン(※3)
        (繰り返し)

BC通りから アベニューに変われど
ブラウン管にポリカイン
ヤマトの世を駆ける

リンザン 島に受け継がれること
リンケン 未来の誰かへ 解き放て
コザ独立国の大統領 その名はテルリン
伝えることと作ること
それがカルナヴァル

※1 チャンプルーとテーゲーはわたしたちの生き方
※2 オ・ペイシは島唄をサンバに変える
※3 でたらめばかり言っている 太っちょは沖縄の縁起もの



 2回繰り返し歌い、夫の合図でバテリアの演奏が止まる。すると拍手がパラパラと聞こえてきた。ただし、していいのかどうかわからないといった拍手だった。とりあえず、わたしは「こんな曲ですが、どうでしょうか…」と恐る恐る聞いてみた。

「アキさーん、リンスケさんが戦後にみんなを元気づけた、命のお祝いをしよーってことですよね。それにここアベニューのことも歌っていて、いいじゃないですか」

 場の空気を呼んでか、倉敷さんがいの一番に答えてくれた。

「あのー、私もいいと思います。前の曲も悪くなかったですけど、こっちの方が、なんというんですか肩肘が張ってないというか、子供でも歌いやすそうですし」

 ユキちゃんも何か言わなくてはと発言してくれたようだ。いずみちゃんもそれに続いてくれて、

「チャンプルーっていいじゃないですか。テーゲーもあんまりくよくよしないってことですよね。やっぱり悲しいことがあっても、歌いさびらー、踊やびらーって明るくいくのが、沖縄のカーニバルですよね」

 するとリサちゃんが「じゃあ、いいと思う人、この歌で命のお祝いしたい人、拍手ー」

 そう言って、まずは自分からパチパチとしだしたので、それにつられるように、そこにいる全員が改めて拍手をしてくれた。「この曲でいきましょー」と、卓も声を上げる。ありがとう、みんな。それと、いつも急でごめんなさい。

 そのあと夫から、山車や仮装についての説明があった。すでに作り始めているアカバナの衣装や、缶から三線などはそのままこの歌でも採用すること。パラシュートやガジュマルなど、この歌に当てはまらない仮装はやめにして、新たにAサイン証や、トランジスタラジオの仮装を作ることなど。

「ほんとに弔い合戦になってきたねー」

 幸江さんが、後ろからわたしの肩をパシンと叩いた。 


 その後、作業はほとんど飲み会にかわり、もともとここにあったテーブルに食べ物や飲み物が並んでいく。

 卓やナーリーさんは、自衛官の人たちに気さくに話しかけてくれてるようだ。倉敷さんと幸江さんがふたりして飲んでいるのも見える。人の輪がどんどん広がっているのがよくわかる。

 わたしは今日はちょっと肩の荷が重かったので、あまり人のいない奥の方の椅子に腰を下ろした。振り向くと、ステージがすぐそばにあった。

 このステージには連夜フィリピン・バンドが出て、フィリピン・ダンサーが踊っていたんだんなーと思いを巡らす。そして反対側に目を戻せば、客席はそれなりに満席だ。はは、なんか面白い。

 もう一度ステージに目を向ける。すると、埃をかぶったスポットライトがぱっと灯った。いや灯ったように見えた。なんだろうと思ったのも束の間、外れかかった楽屋のドアが開くと、人影が次々と出てくるのが見えた。いや見えてはいない、ステージには誰もいないのだから。でも確かにいる。リンスケさんだ。そういえば、いままでもこんな感じに見えてたんだろう。そして、ほかにもうふたり。そうか、本で読んだことがある。チョンダラー・ボーイズというバンドだ。 


まかり出た出た
でたらめアビヤーワタブー
島尻  中頭(なかがみ) 
国頭(くんじゃん)や
言うにん及ばん まーいっぺい
島々里々 とぅん巡てぃ
歌と笑いの 配給さびらな
受きとぅてぃたぼり
笑う門には 福がくるくる…

 リンスケさんが三線をつま弾き歌うのは、この前レンタルした映画「ウンタマギルー」の最初のシーンと同じ曲だ。この歌詞の文言を、今回わたしはサンバの歌詞に使った。横でコンガをたたいているのは、泡盛のCMのゲンちゃんというタレントのお父さんだ。エレキギターを弾いているのは確か普久原さんって言ったかな。

 しばらく見入っていると、リサちゃんが近づいてきて、隣の椅子に腰かけた。

「今日はお疲れ様です。ところで何ぼんやり見てんですか、アキさん」

「えっ、いや、ほら、もしもAサイン・バーだったら、リンスケさん、どんな風に演奏したかなって思って」

「はは、やっぱり、そうなんですね。そうだと思った。あんな風じゃないですか。もっとも、わたしたちアメリカ兵じゃないですけど」

「見えるの?、リサちゃんにも」

「わたし霊感強いって言ったじゃないですか、なんか楽しそうでいいですよね。ところでアキさん、あの女性は誰なんですか」

 リサちゃんに言われてステージに目をやると、白いドレスの黒髪の女性が、リンスケさんと笑顔を交わしながらマイク片手に歌っている。

「あっ、クラーラ・ヌーネスだ!」

 マブイ、イチマブイって言われても、いまだによくわからないけど、でも、そのおかげで、いろいろなことがうまくいっている気がする。ステージの反対側で、ビール片手に時々笑い声を上げるメンバーや自衛官の皆さんたちは、まるで、チョンダラーボーイズのステージを見て笑い、手を叩き、意気投合しているようだ。

 すると、リサちゃんから、

「あたしトーニオにメール送ったんです。クリスマス楽しみにしてますって、でも…」

 そのあと、りサちゃんはこう続けた。もし命の危険があったときには、その約束、忘れていいよ。上官の言うことを聞いてね。あなたが生きていることが一番大事だからと。

「好きだったんだねー、リサちゃん、トーニオのこと」

「何言ってんですか、まだ、振られたわけじゃないですよ、失礼だなー、アキさんはー」

「じゃなくて、振ったんじゃないの」

「やめてくださいよ、何にも知らないくせに」


 沖縄サンバカーニバルまで、あと26日。




 第22話に続く 

第21話 10月10日(日) ワタブーショー
作業場 写真は2005年当時




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです