「みんな元気かーい! さあ、『ヒカリのピカッと音楽』がはじまるぜぃ! 今夜のゲストは中央パークアベニューのブラジル料理店、オ・ペイシのアキさんです」
「ボア・ノイチ、こんばんわー。来月7日、いよいよ沖縄サンバカーニバル開催でーす」
「そうそう、カーニバル当日は、会場から生中継を予定しているから、その時はよろしくねー。ということで、今回はブラジルのカーニバルの話をもっとしてもらおうねー」
この番組には早いもので今回で4回目の出演。そして、カーニバル直前の放送でもある。
「俺の方で質問用意してきたんだけど、まず、カーニバルでは1年分の給料を使って衣装を作るって言うけど、これってほんとの話?」
「それ、よく言われますけど、多分、昔そうだったことが、そのまま言い伝えみたいになってるんだと思いますよ。というのは、かつては金持ちの家には住み込みのお手伝いさんがいたんですけど、そういった人は生活費がかからなかったんで、まあ大した給料じゃなかったと思いますけど、その多くを衣装代に使ったんじゃないですかねー」
「そっかー、子供が1年間お小遣い貯めて使っちゃうって感じだったのかなー」
「でも、21世紀のいまは法律で最低賃金が決まってますし、住み込みのお手伝いさんの話もあんまり聞きませんね。時代は変わりましたから」
最近ではパレードの参加申し込みを、インターネットで受け付けるサンバチームもでてきてるようだ。
「納得、納得。じゃあ、次の質問。カーニバルでは、毎年、何百人も人が死ぬっていうのは?」
「ほんとかどうかって聞かれたら、本当です。だいたい200人ぐらいじゃないですか。でもそれって、ほとんど交通事故での死者なんです」
「えーそうなの、ひと晩中、踊り狂って死ぬんじゃないの」
「いやいや、まさか。ブラジルでカーニバルは、カーニバル休みといった風に、日本でいえばお盆休みみたいな意味でも使われるんです。つまり、日本でもお盆休み中に海難事故や交通事故が起きるように、ブラジルでもカーニバル休み中に行楽での事故がたくさん起きるんです」
ブラジルは幹線道路でも穴ぼこだらけなので、よく高速バスがひっくり返ったりしている。移動距離も長いからね。
「そっかー、それでカーニバルで人が死ぬって報道されちゃうんだ。日本でも盆踊りで死ぬ人はいないように、ブラジルでもサンバで死ぬってわけじゃないんだね。でも、そのカーニバル中にだって、殺人事件はあるんだよねー」
「そうなんですよねー、ブラジルで殺人事件で殺される人って、年間で6万人もいるんです」
「6万人! それってなんか戦争の死者数だよねー」
「びっくりですよね。でも日本で自殺する人も年間で3万人いるんですよ。日本の人口はブラジルの半分だから、これってブラジルの殺人事件の割合と一緒なんです」
「へー、知らなかった。自分で悩んで死ぬのと、強盗にあって殺されるのと、どっちがいいんだろうねー」
「なに言ってるんですかー、どっちもだめですよー。だけど最近考えたんです。人の喜びの量と悲しみの量って、足すとプラスマイナス・ゼロになるんじゃないかって。ブラジル人ってよく陽気って言われるじゃないですか。でも、やっぱり貧しかったり、差別を受けてる人がいたりして。だから悲しみをゼロにするためには、陽気にならなきゃいられないっていうか」
「なんとなくわかる。だからカーニバルやサッカーで熱狂するんだ」
「その一方で日本人がもしもブラジル人より陽気でないとしたら、それは豊かだったり治安が良かったりで、悲しみが少ないんじゃないかなと」
「うーん、言われてみればそうかもねー」
「だから、日本人も何かとっても悲しいことがあったら、陽気に騒いじゃえばいいのに、そうすることに慣れてないから、プラスマイナス・ゼロにできない人は…」
「できない人はか、そうかー、そういう人が3万人いるってことかー」
「日本の自殺率はブラジルの4倍らしいですよ」
「えっ、そんなにー。そうか、それで沖縄サンバカーニバルなんだね。つらいことがあっても、みんなで騒いじゃおーって。いいねアキさん、最後の放送でうまくまとめるねー」
「そこでなんですけど、カーニバルのテーマを前回は『缶から三線』にするって言いましたけど、すみません、変えちゃいました
「そうなんだってね、それでは新しいテーマの発表を」
「はい、新しいテーマは『てるりん』です」
「うん、照屋林助さんをテーマにするんだね。さっき打ち合わせで聞いたときには、ちょっと驚いたけど、どんな歌になるか教えてくれる」
「前回と同様、戦後の沖縄の復興の象徴なんですけど、イカリさん、ここ笑うところですよ」
「はっはっはっ、はいはい、続けて」
「今回は、戦後の悲しみを、歌や笑いで乗り越えたという話を中心にしたいと思います」
「それで、録音がまだなんだけど、今日がカーニバル前の最後の放送ということなんで、なんと、生演奏で発表してくれるんだよねー」
そうなのだ。そのために、今日は3人に来てもらっている。先輩の案野さんがボーカル、卓はスルド、そして、新木さんというギターの方もお呼びした。
新木哲史さんは最近は一緒にやる機会がなかったけれど、いままでに何度かステージを手伝ってもらったことがある。彼も倉敷さん同様、リンスケさんの大ファンなので、今回の件もふたつ返事で引き受けてくれた。
「準備OK?。それではお願いしようねー。長いタイトルだけど、第1回沖縄サンバカーニバルのテーマ曲『偉大なワタブー、歌おう踊ろうコザ独立国の大統領と共に』です」
ヒカリさんが手で合図をくれると、まずは卓がスルドをたたき出した。
実は今日の生演奏をするにあたり、この三人にはずい分と無理を言わせてもらった。先週の日曜日にテーマ曲が正式に決まると、すぐに新木さんに連絡して楽譜を渡し、ギターのコード作りと、1週間後の今日のラジオ出演をお願いした。
すると「ずいぶんと急な話ですねー」と言いながらも、コードの方はなんとひと晩で作ってくれたのだ。「なかなかいいメロディーなんで、ちょと凝ったコードにしましたよ」と、ありがたいお言葉も。
案野さんには、歌詞カードとともに夫が吹き込んだデモテープを。「全く人使いが荒いよなー」と言いながらも、以前、ポルトガル語の曲を歌ってもらったことがあったので「まあ、日本語だから大丈夫だよ」と、ブラジルビール1本で手を打ってくれた。
そして今日は放送の3時間前から、このふたりにはお店の2階で練習してもらっていた。夫も加わって、ギターの演奏は前の小節に気持ち食い込んだ方がいいとか、歌詞はなるべく詰め込んで、ラ行は巻き舌にしたほうがサンバっぽく聞こえるとかと、無理なお願いをしている上に、うるさい注文まで付けていた。
卓も会社を早退して、最近買ったばかりの自分のスルドを抱えて、4時過ぎにはやって来てくれた。そして放送前までには、何とか人前で演奏できる形になったという次第。
その生演奏はというと、ワンコーラスを3分ほどかけ、卓がスルドの最後の一打をミュートにして歌い終わった。
すかさず「いいねー、いいよー」と、ヒカリさんが大きな拍手をくれる。
「照屋林助さんは沖縄では有名だけど、内地では知らない人も多いだろうから、このサンバを聞いた人が、どんな人だろうって興味を持ってくれたらいいねー」
とりあえず演奏はうまくできたと思う。ただラジオなのでリスナーの反響がわからない。でも、もうこの歌はわたしたちの手元を離れ、街に放たれていった。いい歌かどうかなんて、くよくよしてもしょうがない。別に紅白歌合戦に出るわけじゃないし、これがわたしたちの、今年のサンバだ。
ブラジルのカーニバル中の交通事故
放送が終わり4人揃ってお店に戻ると、ドアを開けた途端、リサちゃんが拍手で迎えてくれた。もちろんお店ではラジオを流していたのだ。みんなで一緒に聞くんだと、尚ちゃんといずみちゃん、そしてムーネーも、放送前から駆けつけてくれていた。
「いよいよですねー、わたしーこの曲好きです。ギターが入ったらなおさら好きになりましたー」と、尚ちゃん。さらに、
「ワタブー、ナーオー、人前で大きな声で歌えるよう、めっちゃ練習してきますねー」
「自分でワタブーなんていうな、こら」
いずみちゃんが、尚ちゃんの頭をこずく。でも尚ちゃんなりに決心があるようだ。彼女が担当するポルタは広いスペースを使って大きく踊るので、案外サンバクイーンよりも目立つ。だから、歌っていないとすぐにわかってしまうからね。
それと、わたしから尚ちゃんに伝えることがあった。
「そうそう尚ちゃん、神戸から今年も本倉さんが来てくれることになって、メストレ・サラをやってくれるって。彼、何でもできるから、安心してリードしてもらったらいいよ」
「えー、ほんとですか。キャー、よかった。ジャイミに断られたから、ひとりで踊るのかと思ってましたよー」
実は先週の日曜日、作業場でジャイミに旗持ちペアのことを打診したら、申し訳ないけど自分は演奏がしたいと断られていた。その一方、で男性ダンサーで毎年参加してくれている本倉光さんが、メストレ・サラを引き受けてくれたのだ。
「ナーオー、よかったねー」
いずみちゃんは、今度は尚ちゃんの背中をポンと押すように叩いた。
それと今日はこんなこともあった。お店の2階で夫や案野さんたちの練習に付き合っていると、思いかけずフィリピン人のミラが階段を上ってやって来た。通りを歩いていたら演奏が聞こえてきたんだという。
一緒にいるはミラのお店のリーダー格の女性で、ソフィアさんという。わたしと同い年位で確かにどことなく貫禄がある。そのソフィアさんから、
「市民祭りに出ることは、店のオーナーは問題ないと言ってくれてるんだけど、ダンサーの女の子たちは、お金もらえると思ってるみたいなの」
ミラとは今月に入ってからも通りで顔を合わせることがあったので、カーニバルに誘ってはいたんだけど、ダンサー仲間を説得するのが難しいと言われていた。
「予算はあるけど、それは山車や仮装に使うからダメなの。でもその代わり、こんなのどうかしら」
わたしからソフィアさんにある提案をしてみた。すると、「そうね、喜ぶかも。早速みんなに聞いてみるね」と微笑んでくれた。うん、うまくいくといいな。
沖縄カーニバルまで、あと21日。
第23話に続く
胡屋地区にあるフィリピン人向けの商店
※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです