小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第26話 11月7日(日) 沖縄サンバカーニバル①

f:id:opeixe38:20220124122233p:plain

 

「今日は晴れてよかった!」

 自宅のベランダから海を見晴らしていた夫が、小さくそう叫んだ。彼の高校の体育祭の開会式では、学生で組織する審判団の委員長が、そのひと言をだけ言うのが伝統なんだとか。たとえその日が小雨交じりでも。もっとも今朝は雲ひとつない快晴。夫の横顔は、高校生に戻ったかのように生き生きとしていた。

 

 今日はまず午前10時から、お昼を挟んで午後2時まで、お店の前の遊歩道で当日練習会を予定している。昨日の夜までに県外参加者30名程が沖縄に到着しているので、彼ら、彼女らにはパレードの段取りを覚えてもらわなくてはならないからね。

 九時には夫と息子とともにお店へと向かう。今日は一日、店内と2階の作業場が練習や休憩、そして着替えの場所となる。だから客席の調味料やナプキンなど不要なものはすべて片付け、玄関先には燃えるごみ用、燃えないごみ用と大きなごみ袋を設置。立て看板には「本日、沖縄サンバカーニバル開催のためお休みします」と2か国語で張り紙をした。

 そんな中、朝から楽しみにしてたことがあった。

「さあ、みんな来て、始めるよ」

 わたしはカウンターの中に入り、日めくりに手を伸ばす。日めくりは大学のノートを横にふたつに切って重ね合わせたもの。ちょうど50枚ページのノートだったのですぐに100日分ができた。

「そうだ、勇魚にめくってもらおうね」

 すでに何日も前からペラペラになっていて、昨日めくって「1」になったものを息子に手渡す。すると息子はかしこまったように背筋を伸ばすと、「じゃじゃじゃーん」と言いながら最後の1枚をびりっと破いた。そこには「0」の数字と共に、幼い文字で「ガンバレ」と書かれていた。100日前、息子が100日後の家族のために書いたのものだ。

「よし、頑張ろうな、俺たち家族は、だてにブラジルに行ってたわけじゃないんだから、俺たちにしかできないカーニバルをしよう」

 夫がそう言った。

「うん」と、わたしは答えた。息子も大きな声で。

 

 10時が近づくにつれ、参加者がひとり、ふたりと集まってくる。まずは尚ちゃんやいずみちゃん、ムーネーなど地元メンバーが来てくれた。

「いよいよ今日ですねー」「天気よすぎですよー」と交わす言葉はこの日を心待ちにしたことばかり。

「ぼく、昨日の作業のあと、気合入れるために断パチしてきましたよー」

 とはムーネー。襟足がきれいに刈りあがっている。

「帽子かぶったら見えないのに、かっこつけてばかみたいですね、ははは」

 いずみちゃんがそうからかうと、みんなもつられて笑った。

 やがて大きなキャスターバッグをコロコロと牽いてくるのは県外参加者の皆さん。特に女性は着ている服装が一応に派手なのですぐに見分けがつく。まあ、半分くらいはすでに去年や一昨年に参加してくれているので、顔見知りばかりだけど。

「アキさん、今年もよろしくお願いしまーす」

 と、あいさつしながらお土産をくれるので、カウンターの上にはお菓子の箱がどんどん並んでいく。わたしの好きな東京バナナの黄色い箱も。つまみ食いしたいけど、打ち上げまで我慢しよう。

 地元参加者と県外参加者はもちろん、県外参加者同士も、年に一度、沖縄でしか会わないというケースが多いので、すぐに「元気だったー」「髪の毛の色変えたー」と、話の花が咲いてゆく。

 すると高城さんと、奥さんのユリちゃんが来てくれた。この夫妻は今年で3年連続参加してくれている。高城考宣さんは埼玉のサンバチーム、百合子さんは東京のチームに所属していて、浅草サンバカーニバルには毎年出場しているそうだ。

「ついに念願の沖縄サンバカーニバル開催ですねー、頑張っていっぱい東京からダンサー呼んできましたよー」

 ユリちゃんは女性にしては大柄で、それ故か東京のチームでは長年、ポルタを受け持っている。ただ今回は尚ちゃんがいるので、パシスタとして参加してもらうことに。

 それと、彼女には東京近郊のダンサーの方たちへの声掛けをお願いしていた。東京近郊ではサンバチーム同士の横の付き合いが盛んなので、他チームの練習に顔を出しては口コミを広げてもらっていたのだ。

「沖縄は夜にライトを浴びながらパレードするし、会場がアメリカの街みたいで雰囲気があるよって話をしたら、結構いろんな人が興味持ってくれたみたい」

 浅草サンバカーニバルをはじめ、国内のサンバのイベントは昼間に行われることが多く、夜にパレードするのは珍しいようだ。

 それに、嘉手納基地内の高校からアメフトなどのスポーツ観戦用の桟敷席が、トレーラーで運ばれてもくる。確かに他県のお祭りにはない雰囲気があると思う。すると高城さんからは、

「沖縄をテーマに日本語でサンバっていうのは、なかなか浅草にはない発想なんで、これをきちんと続けていけば、面白がって毎年県外から参加者が来ると思いますよ」

 うん、わたしたちがやろうとしていること、伝わってるかな。

 その後、泉井さんもやってきてくれた。ウンケーの時、一緒にエイサーを見に行った京都のお客さんだ。

「いやー、また来ましたよー。今回は台風じゃなくてよかったですねー、ははは」

 相変わらず大きなカメラバックを肩に下げている。

「この前の道ジュネーの写真と今回のサンバのパレードの写真、この2枚を並べて飾れるように、工夫して撮ろうと思いますよ。いやー楽しみです」

 泉井さんからは、京都名物だという蕎麦ぼうろというお菓子ををお土産にいただいた。

「今まで知らなかったけど、ぼうろってポルトガル語なんだってねー」

 ただし息子に見せると「これはボーロじゃないよ、ビスコイトだよ」と、そのポルトガル語で言い返してきた。

 確かにケーキというよりはビスケットに近い。うんうん、ジャニースのおかげでポルトガル語の言葉数が増えてきたなー。

 そのうち「昨日もお店が忙しくてー、ずいぶんな午前様でしたよー」 

 と、リサちゃんがナーナーと一緒にやってきて、藤川さんやナーリーさんも仲間を連れて集まってきてくれた。

 

 さて、午前中は三つの班に分かれて練習することに。バテリア班、ダンサー班、そして弦楽器とボーカル班。弦楽器には約束通り板橋さんが東京から来てくれた。

「いただいたコード、簡単に弾けるように少し手直させてもらいました」

 新木さんにお願いして、2週間ほど前からふたりでコード確認のやりとりをしてもらっていた。ギター自体は新本さんが弾くので、板さんにはカバッコを担当してもらう。

 ボーカルはもちろん先輩の案野さん。「うーりゃー、まーまかせとけー」と相変わらず。それと、なんとシロさんもギターで参加してくれることになった。

「こう見えても高校時代はバンド組んでたんだぜ、女のコに結構もてたもんだよ」

 と、うそぶいてはいるけど、確かにいまだに高校時代の仲間と趣味でバンドを組んでいるのは知っている。

 今回、シロさんのパートはギターといってもベースライン。ちょっと難しいかなと言ってたけど、参加してくれるだけでうれしくなる。シロさん、ありがとうございます。

 この弦楽器とボーカルのグループは二階の作業場に上がってもらい、まずは少人数で練習してもらうことにした。

 

 一方、バテリアとダンサーは、今日は通報なんて気にしていられない。遊歩道を我が物顔で使わせてもらうつもりだ。すでに地元組県外組、合わせて50名以上は集まっているので、車道を挟んで反対側の遊歩道にも人の塊ができている。

 そこで、お店の前はバテリアのメンバーだけを集めて練習することにした。

 打楽器の叩き方は各チームによってそれぞれなので、県外の皆さんには、まずはうちのチームの叩き方を覚えてもらわなくてはならない。そこで一番重要な、サンバの出だしと終わり方から始める。

 サンバチーム、オ・ペイシ・キ・ヒ・ダ・コザでは、ヘピーキの合図の後、6拍目でスルドとカイシャが演奏を始め、その3拍後にタンボリン、そしてその8拍後にガンザと、それぞれの演奏を始めるタイミングをずらしている。これによってリズムに濃淡が出るのだと夫は言う。

 そして終わり方は、笛の合図の8拍後に、全楽器一斉に3拍かけて終える。これらはサンパウロで参加していたチームの叩き方だけど、これをきちんと覚えてもらった後に、ようやく歌のさびの部分に使うブレッキの練習となる。

 今回、バテリアのメンバーは、自衛隊員の奥さんふたりがショカーリョで参加してくれることになったので、息子を入れて地元組が八名、県外組が6名の合わせて14名の編成。ただし、夫はパレード全体の監督、卓は2番目の山車の誘導をするので、このふたりは演奏の途中で抜けるようだ。その後のバテリアの指揮は、高城さんにお願いするらしい。

 

 ダンサーの方は、バテリアとは反対側の遊歩道で練習することにした。ただし先頭集団、パレードコースで自由に踊るパシスタ、山車の上で踊るデスタッキ、また仮装を着て踊る一般参加者と、役割によってダンススタイルが変わるので、バテリアのように細かい確認作業というものはない。

 それでも、テーマ曲のさびの部分では、簡単ながら手の動きや体の向きなどを統一することにした。

 その一方で、ポルタの尚ちゃんは、神戸から来てくれたばかりの本倉さんと、きちんとペアダンスの練習をしなくてはならない。観客に向かって旗を大きく見せる仕草、旗をくるくる回しながらエレガントに踊る動作、すべてふたりの息がぴったり合わなくてはかっこ悪いからね。

「僕に任せておいてください。大丈夫ですよ。尚ちゃん、ちゃんと練習してくれてるようですから」

 本倉さんは神戸のサンバチームでもメストレ・サラをすることがあり、相手をリードするのは手慣れたもの。ふたりは本格的に旗を振り回して練習したいということで、少し離れた場所にいる。

 ただし、遠くからでも尚ちゃんの必死な顔がうかがえる。頑張って、尚ちゃん。本倉さん、よろしくお願いします。

 

 班ごとに正午までみっちり練習すると、予定道り昼休みの時間をとることにした。お弁当の人にはお店や2階の作業場を使ってもらうよう用意してたけど、あとで聞いた話では、県外参加者のほとんどがチャーリー多幸寿に行ったようだ。何にも言わないのに「あなたたち、サンバのみなさんよね」と席に案内されて、セットメニューを100円引きしてもらったと喜んでいた。

 でも、それってやっぱり、地元の人とは着ている服装違うからだろうなー。原色の花柄のスパッツ、この通りでは歩いている人いないもんね。

 

 そして1時からはようやく全体で通しの練習、つまりリハーサルだ。今回、わたしたちの持ち時間は30分。だけど、いきなりパレードを開始して終わるわけではない。カーニバルにはそれなりの「しきたり」というものがある。

 まず、エスケンタ・バテリアといって、バテリアがバトゥカーダ、つまり打楽器だけの演奏をする。エスケンタとは温めるという意味。野球でいえば投手のウォーミング・アップ、肩を温めるということだ。もちろん、バトゥカーダは参加者全員の気持ちも熱くするわけだけどね。

 次にイーノといってチームの歌、学校でいえば校歌を歌う。これは、毎年歌われるもので、年ごとに変わるテーマ曲とは意味合いが異なる。うちのチームでは「2000年から始まるサンバ」という、夫が作曲した短い歌を歌うことにしている。

 その後すぐにグリット・ジ・ゲハ。戦い前の雄たけびを上げる。サンバチームの代表者が、何か月もかけて準備してきたパレードに込める熱い思いを、マイクを通して観客に訴えかける。甲子園の選手宣誓に似てるかな。

 そうして、ようやくテーマ曲の演奏が始まりパレードが開始されるのだ。前置きが長いかもしれないけど、これくらいもったいつけなくちゃ、年に一度のカーニバル、面白くないからね。

 

 このリハーサルを始める前に、夫がお店の前に用意した音響機材の前に立ち、マイクを使って参加者みんなに挨拶をした。

「えー、みなさん、記念すべき第1回沖縄サンバカーニバルにお集まりいただきありがとうございます。さて、今回は100名近くの人がパレードに参加してくれます。ただし、やはり一年目なんで、全体練習も当日だけで、残念ながら寄せ集めの状態です」

 一同から失笑ともため息ともつかない声がもれる。

「演奏も多分、付け焼刃になると思います。だけど、声だけは出してください。楽しそうに大きな声で歌ってください。簡単なことです。もしも歌えないって人がいましたら、歌ってるふりをしてください。それもできない人は‥」

夫はここで、ひと呼吸置いて、

「笑いながらガムを噛んでください。歌ってるように見せるために」

 今度は間違いなく「はははは」と笑い声が漏れる。まあ、きつい言葉でいうよりもこの方がかえって伝わるかな。

 

 そして、リハーサルが開始。

 まずはジャイミのへピーキの合図でエスケンタ・バテリアが始まる。これに合わせパシスタはサンバステップを踏み、それ以外の参加者も楽しそうに体を揺らす。

 ナーリーさんたちだろうか、「ハッ! ハッ! ハッ!」と、やたら声を上げるグループがいる。県外からの女性ダンサーが楽しそうにそれに応える。そうそう、そう来なくっちゃ。やがて夫の笛の合図の8拍後に、バトゥカーダが3拍かけて止まる。

 すぐにアンプに繋がれたカバッコとギターの演奏が始まり、それを追ってスルドとカイシャが入る。チーム歌の演奏だ。テンポはパレードのサンバの半分ほど。ボーカルの案納さんがゆっくりと歌いだす。

 

 

心に信じる ものさえあれば

嘆くことなど なにもないはずさ

ガンザの響きに 目覚める空

風が誘う ほら

 

アニェンビーより サプカイよりも(※1)

大事なものが ここにあるはずさ

ガンザの響きに 弾む希望

明日を迎えに行こう

 

二〇〇〇年から始まる サンバ

歌い続けようよ ガンバ コザの街角から

一〇〇〇年たっても変わらぬ サンバ

踊りあかそうよ ガンバ 夢があるから

   

二〇〇〇年から始まる サンバ

歌い続けようよ ガンバ コザの街角から

一〇〇〇年たっても変わらぬ サンバ

踊りあかそうよ ガンバ 夢があるから

          

オ・ペイシ・キ・ヒ・ダ・コザ

 

(※1)サンパウロとリオのパレード会場

 

 チーム名の部分はさらにゆっくりと溜めて歌い、カバッコが一番高音の弦をティーンとつま弾いて曲が終わる。

 そして、次はグリット・ジ・ゲハだ。

「えー、自分がしようと思ったんですが、今回、沖縄サンバカーニバルは通り会のおかげで開催できるので、ここは通り会を代表して幸江さんにお願いしたいと思います」

 夫が幸江さんを手招きする。前々からわたしと夫で幸江さんにも何かやってもらおうと話し合い、このグリット・ジ・ゲハが適役ではということになっていた。

「急に頼まれちゃったけど、ユージさんのクソ真面目な挨拶よりは、あたしの方がいいかもね、ははは。えー、東京や大阪からの皆さん、わざわざこの街に来てくださって、ほんとにありがとうございます」

 と、幸江さんは、まずはぺこりとあいさつ。

「それでは、えー、シャッター街っていう人もいるけど、あたしたちは、あきらめてはいないよー。この街を日本一の、そうだね、サンバで日本一活気のある街にするまで、あたしたちは戦うよー」

 一同から拍手が起きる。幸江さんはいつもに増して声の張りがいい。

「それとこれを言わなくっちゃ。いやなことがあったり、悲しいことがあったりしても、みんなあきらめちゃだめだよー。絶対、死ぬんじゃないよー。歌って踊ってバカみたいに楽しんじゃえば、きっといいことあるからねー」

 一瞬、拍手がためらわれたような気がした。だけど、すぐにリサちゃんが「いいねー、幸江さん、その通り!」

 と声を掛けてくれたので、すぐに迷いのない拍手が起きた。沖縄が青い海の島だけじゃないってこと、いまさら言わなくてもいいよね。

「幸江さん、ありがとうございます。でも本番ではもうちょっと短くお願いしますよー」

 夫が幸江さんからマイクを受け取る。すると幸江さんはゆっくりとわたしの方に近づいてきた。

「あんなんでよかったかい」

「いいと思いますよ、それに」

「なんだい」

「今まで本当にありがとうございます」

 わたしは幸江さんの右手を取ると、両手で握りしめた。

「何やってんのよ、気持ち悪い」

「はは、なんかこうしてると気が落ち着きます」

「バカ言ってんじゃないよ。でも、アキさん、聞いて」

「はい、なんですか」

「今日は弔い合戦するんだろ、あのさー、そのー、あたしの生まれて来なかった子供のことも入れてやっておくれよ。陽気にさー、一緒に歌って踊ってやって欲しいんだよ。はは、あたしらくもない、さっきみんなの前で叫んだから、なんか感傷的になったみたいだよ」

 そう言いながら幸江さんは、残った左手をわたしの両手の上にそっと乗せてきた。

「そうですよね、ちょっと早いですけど、一三祝いしてあげましょうね」

 わたしは幸江さんに、今までの恩返しが少しでもできるかなと思った。今日は「陽ちゃん」のためにも、心を込めて踊ろう。 

 

 その後、練習はテーマ曲の演奏となる。ジャイミがヘピーキで合図を出す。スルド、カイシャがそれに続く。カバッコとギターが入る。

「うーりゃー、みんな、いくぞー」

 まずそう叫んでから、案野さんは歌いだした。

 

チャンプルー イ テーゲー サン

ノッサ トラディサン

オ ペイシ ファイス

シマウタ ビラー オ サンバ

あの日の三線

いまでも止まらぬバンバ‥

 

Aサインの街に 陽はまた昇る

悲しみを少しこえて 明日を夢見るとき

トランジスタラジオから 流れる人よ‥

 

 

 テーマ曲は一コーラスおよそ2分30秒、本番では8コーラスから10コーラス歌うことが予想されている。練習会は午後2時までの予定。もう1時半を回っているので、このまま休まず演奏することにした。

 参加者は隊列を組んで遊歩道をコリンザの方に進んでは引き返し、また進んでは引き返す。そして行進しながら歌い、歌いながらさびの部分は少し振り付けをする。

「ほら歌ってない人、ほんとガム買って、噛んでもらうよー」

 夫がマイクで叱咤激励する。楽しそうな笑い声が起きる。初めて会った同士でも一体感が生まれ出す。時折バテリアがブレッキを入れてくる。決まった。うまく仕上がっているようだ。さすがに県外からの参加者は頼りになる。

 そうして2時を回ったのでリハーサルを終了することにした。参加者は休憩したのち、それぞれ着替えなどの準備に入り、次は空港通り入り口の角にある琉球銀行の前に、夕方5時集合となる。

 一方で、夫や卓など主だった男性陣は、楽器や音響機材をお店の中に手際よく片付けると、元保健所の駐車場に急いでゆく。そこでは倉敷さんら数名が山車の最後の点検作業をしているはずだけど、2時になったら2台の山車を空港通りに移動させることになっている。

 山車にはせり出しがあるので、電柱や路上駐車している車にぶつけないように、四方に見張りをつけて移動させるそうだ。

 それと案野さんは全体練習が終わると、ダイビングサービスに急用ができたと慌てて飛び出していった。集合時間まであと3時間あるから、まあ大丈夫だと思うけど。

 

f:id:opeixe38:20220124122208p:plain

f:id:opeixe38:20220131101310j:plain

※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです