小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第17話 9月11日(土) FMコザ③

「みんな元気かーい! さあ、『ヒカリのピカッと音楽』がはじまるぜぃ! 今夜のゲストは中央パークアベニューのブラジル料理店、オ・ペイシのアキさんでーす!」

「ボア・ノイチ、こんばんわー。みなさんお元気ですかー」

 月いちで出演を頼まれているこのラジオ番組。思えば、前回からもう1か月経ったんだね。この頃、時間の流れがすごく早く感じる。

「さて、今日は何の話からしようか。そうそう、先週の日曜日はすごい台風だったけど、沖縄の台風にはどう、もう慣れた?」

「やっぱり、東京に住んでいた時と比べると、風の強さが違いますねー。あの日の夜、お店開けてたんですけど、外出たてみたら国道のサラ金の看板がこなごなに壊れて、道路に飛び散ってましたよ」

「お店、停電したでしょ。俺も店に用があっていったら電気つかなかった。この辺すぐ停電するよね」

「クーラー止まっちゃたんで、夫が倉庫から扇風機出してきたんですけど、つかないって。ほんとバカですよね」

「ははは、それはかなりのフリムン(バカ)だねー」

「そういえば、沖縄に来てちょっとびっくりしたんですが、小学校の休校の判断ってFENでするんですよね」

「FENのテレビ放送でしょ。昔から台風情報はあれ見てたなー。そうだよね、内地はFENはラジオだけだもんね」

 沖縄本島ではアメリカ軍人や家族向けにテレビ局が開設されていて、台風の時には画面の左下にその勢力を表すTC1から3までが表示される。沖縄本島が暴風域に入ったときにはTC1。TC1が表示されたときは小学校は休校になるので、学校からは「FENを見て休校かどうかの判断をしてください」と言われるのだ。なんかこれって、米軍に丸投げって感じがするけど、やっぱり米軍の気象情報は確かなんだろうなー。

第17話 9月11日(土) FMコザ③
沖縄の休校の判断はFENを見ることから(当時)

「さてさて、今日は何か発表があるとか」

「はいはい、よくぞ聞いてくださいました。第1回沖縄サンバカーニバル、テーマがついに決定しました」

「それでは発表をお願いします、なんてね。なになに、何に決まったの?」

「『缶から三線』です」

「缶から三線、缶から三線かー。そうかー。サンバのテーマってもっと派手なものかと思ってたけど。缶から三線は沖縄の人にはおもちゃみたいなものだから、ちょっと意外だなー。この前、沖国大のヘリ墜落の話をしてたから、『嘉手納基地』みたいなガチガチなのがテーマになると思ってたよー」

 確かに沖縄の人に缶から三線がテーマだと話すと、同じような反応をすることが多い。一方で県外の人に話すと、それって何ですかから始まって、面白そうですねとなる。それでいい。そうなることは織り込み済みなのだ。

「それで、どんなパレードになるのかなー。曲はもちろん、仮装や山車とか作るって言ってたよねー」

「缶から三線を、沖縄の戦後の復興の象徴として、とらえようと思うんです」

「なんか難しい言葉並んできたねー、沖縄の、戦後の、復興の、象徴?」

「舞台は石川の難民収容所なんです。例えば小学校はガジュマルの木の下で戸板を黒板代わりに授業をしてたとか、野戦テントのカバーをほどいてシャツやズボンを作ったとか、とにかく生きていくために、その時あるものを何でもたくましく利用したってことが、沖縄の復興の原点だったんじゃないかと」

「うんうん、おもちゃじゃなくて、缶から三線に歴史を語らせようっていうんだね」

「テーマ曲の歌詞はこうです。そして、その詞をもとにしたパレードの構成はこんな風に考えています」 


 まず、一番先頭のグループは女性ダンサーが5名。衣装はビキニではなく、歴史を旅するタイムトラベラーをイメージした鉄道の車掌風の衣装。(わたしとジャニース、いずみちゃん、ユキちゃん。ナーナーも入るかな)

 次は1台目の山車。長さ5メートルの缶から三線を作って載せる。その周りには缶に合わせ銀色の衣装が5名。(5名は自衛官の奥さんにお願いする予定)

 3番目はガジュマルと教科書の仮装のグループ。頭と肩にガジュマルの木の枝、手には教科書。(参加グループ未定)

 4番目はアカバナの仮装のグループ。戦争が終わり最初の夏を迎えたイメージ。大きななハイビスカスの花をつくり、頭からかぶる。(ここは海上自衛隊にお願いする)

 5番目は米軍のパラシュート部隊の仮装。迷彩柄の服を軍服代わりにして、傘を改良してパラシュートに見立てる。(参加グループ未定)

 6番目は旗持ちペア。純白の衣装。パラシュートで作られたウェディングドレスをまとう新婦と新郎をイメージ。(ポルタの尚ちゃんはここ)

 7番目はバテリア。仮面舞踏会をイメージした黒と銀の衣装。帽子にマスクのオブジェと黄色い羽根飾り、背中に金のマント。去年製作したものを再利用する。(バテリアの前はサンバクィーン、つまりリサちゃん)

 8番目は缶から三線を持った子供たち。胸に鳩のオブジェがついたポンチョ状の衣装。もちろん平和を表す。(安慶田夜間保育園の園児を呼ぶ予定)

 9番目は、当日参加者のためのスペース。(スタジオ・ケンの生徒さんが来る場合はここになる)

 最後は2台目の山車。ビキニの女性ダンサーが5名乗る。この山車の周りは、カーニバルの雰囲気そのままに、色とりどりの衣装を着たパシスタが自由に踊れるようにする。(ここは全員県外のダンサー)


「へー、当日、どんなパレードになるのか、ちょっと見えてきた気がするねー。缶から三線は小学生のいる家庭なら大抵あるから、子供がたくさん参加してくれるといいね。でも、この歌の歌詞、子供にはちょっと難しくないかなー」

「でも、子供って大人っぽい方がかえって面白がるっていいますよね。呪文みたいにして覚えてくれるんじゃないですかねー」

 意固地になってるかもしれないけど、サンバがふざけた裸踊りではないこと、子供たちにもちゃんと知ってもらたいし。それと、めぐみさんに言われたからではないけど、夫がきちんと調べて歌詞を書いたことは、やっぱり尊重してあげたいという気持ちもある。

「まあ、そうかもねー。そうそう、前にも言ったけど録音は手伝うから言ってちょうだい。それではそろそろ時間なので、アキさんから今夜のお薦めサンバ、曲の紹介お願いします」

「インペラトリスというリオのサンバチームの1989年のテーマ曲で『リベルダージ・リベルダージ・アブリ・アス・アーザス・ソブレ・ノス』です。ブラジルの帝政がクーデターで終結してから100周年を記念して作られた曲なんですけど、自由になった国民、特に解放された奴隷の喜びを歌っています。沖縄戦が終わって人々が収容所に入れられたとき、みんな死なずにほっとしたっていう話を聞いたんですが、同じような気持ちだったのかなと選びました」

「うーん、なんかサンバって歴史の授業みたいだね。そのうち織田信長徳川家康とかがサンバになるのかな。とりあえずリスナーの皆さん、聴いてちょうだい」

第17話 9月11日(土) FMコザ③
石川収容所で戸板を黒板代わりに行われた国語の授業(沖縄県公文書館所蔵)

 放送が終わってお店に戻ると、普段は来ないような若いお客さんで席が埋まっていた。今日、明日と、台風で延期になった全島エイサーとオリオンビアフェスが開催されているので、街全体に人の動きがあるようだ。

「リサちゃん、忙しかった。ごめんね、お店任せちゃって」

「大丈夫です。忙しい方がいいんです、考え事したくないんで」

 リサちゃんは昨日のことにもめげず、休まずアルバイトに来てくれていた。だけど、やはりどこか空元気だ。

「なんか用事があったら、もう今日は抜けていいよ」

「ほんと大丈夫です。たぶん中の町の店も忙しくなるんで、今日はさぼらず生活費、しっかり稼ぎます」

 うんうん、その調子だよ、リサちゃん。

 やがて8時になってリサちゃんが上がると、その入れ替わりにナーリーさんがお店に来てくれた。彼女の慶子さんと一緒だ。ふたりともちょっと酔っているかな。いつも通り六番テーブルに座りコロナビールをそれぞれ注文する。

ビアフェス行ってきましたよ。カチンバ観ました。もー最高でした。来年はオ・ペイシもステージに出れないですかねー」

「アキさーん。ナーリー、アメリカ人と一緒になって騒いで大変だったんですよー」

 派手目なワンピースを着る細身の慶子さんは、何度かお店に来てくれたことがあり、ダンサーにならないかと誘ったこともある。だけど彼女もナーリーさんと同じく、音感がないんだなー。はは、ちょっと、失礼。昨日、倉敷さんが藤川さんを連れてきて、シロさんと幸江さんで大いに飲んでた、という話をすると、

「どんどん人が集まってきて、いよいよって感じでいいですねー、沖縄サンバカーニバル。自分も今度、とりあえず会社の同僚を連れてきますよ」

 うんうん、わたしもいい感じに人が集まって来ていると思う。だけど、

「ちょっと聞いてくれます」と、わたしはナーリーさんをカウンター席に呼んだ。

「はー、なんかあったんですかー」

「ナーリーさんなら何か知ってるかもと思って」

 わたしは昨日、厨房でリサちゃんから聞かされたことを話すことにした。

「トーニオだっけ、彼って海兵隊員(マリーン)ですよね」

「うん、確か、キャンプ・フォスターに住んでるっていってたかな」

「それって、ちょっとやばいかも」

 さっきまで酔っ払いの顔をしていたナーリーさんが、少し真顔になった。

「うん、最近またイラクで戦闘が広がってるって、リサちゃん心配してた」

「いや、そうじゃなくて、そう言って別れようとする手口、聞いたことありますよ。上官から言われたっていうんでしょ。上官がそんなこと言うはずないと思いますけどねー。トーニオってほんとにイラクに行くんですかー」

 もちろん、わたしもその線は考えていた。でも、うそでないことを信じたいと思う。ただし、うそでないと彼はイラクに行ってしまうことになる。どっちに転んでも、いい話ではない。

「調べてあげますよ、もちろん、リサちゃんに内緒で。前も言いましたけど慶子、基地で電話のオペレーターやってますから」

「なになに、何の話」と、慶子さんもカウンター席にやってくる。

「ちょっと、人を探してくれって、オペレーター仲間を使って、海兵隊員(マリーン)のこと調べてくれないか」

 慶子さんは別に驚いた様子ではないので、こういった話よくあることなんだろう。そういえば、前に妊娠した女の子の母親から、しつこく電話がかかってきたことがあるって言ってたかな。すると真顔でわたしに、

「アントーニオでしたっけ、フルネームわかります。というかファミリーネーム」

「フルネームは聞いたことないなー、店にはリサちゃんと一回食べに来てくれたけど。苗字で呼ばないじゃない、アメリカ人は」

「クレジットカードは」

「あ、そうか、そうよね、うちインプリンター使ってってるから、カーボン紙にカードの情報、そのまま残ってる」

 わたしはレジの下から、クレジットカードの伝票の束をとりだし、心当たりのある日付けのものを探してみる。

「あった、アントーニオ・ゴメス・ロドリーゲスだ」


 沖縄サンバカーニバルまで、あと五七日。




 第18話に続く


第17話 9月11日(土) FMコザ③
オリオンビアフェスト2005




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです