小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第24話 11月5日(金) てぃーだかんかんワイド

第24話 11月5日(金) てぃーだかんかんワイド
那覇 てんぶす広場

「次はいらっしゃい中継です、今日は国際通りてんぶす那覇前よりサンバの魅力をお伝えします。関口さん、野田さん」

 スタジオの細井という男性アナウンサーがリポーターに呼びかける。すると女性の野田リポーターが、

「輝く笑顔、きらびやかな衣装、これがブラジルの踊り、サンバです」

 そして男性の関口リポーターからは、

「今週末、沖縄市でサンバのカーニバルが行われます。早速ゲストをお迎えしましょう、いらっしゃい!」

 すぐにリサちゃんを先頭にして、いずみちゃんや尚ちゃんのほか、パレードの参加者十数名がテレビに映し出されていく。もちろん色とりどりの衣装を着こみ、足元は軽快にステップを踏んでいる。BGMに流れているのは今年のテーマ曲。先日、FMコザで生演奏した後、すぐにヒカリさんのスタジオで録音させてもらったものだ。

 NHK沖縄では平日の17時10分より地域ニュース番組「てぃーだカンカンワイド」を放送していて、今回、その中で沖縄サンバカーニバルの告知をしてもらえることになった。

 ただ、これまでわたしばかりがラジオや新聞の取材を受けていたので、今回の出演はリサちゃんを中心にお願いすることにした。みんなのやる気がもっと、もっと出ることを期待して。

 わたしは付き添いで来ただけだから、もちろん私服のまま。幸江さんと一緒に中継車の前でモニターを見せてもらっている。

「さて、こちらにいるのは今年のサンバクィーン、我那覇リサさんです。ダンスコンテストに優勝するとサンバクィーンになれるそうですが、きらびやかな衣装ですね」と、女性リポーター。

「はい、カーニバルでは派手なら派手な方がいいんで、頑張って作りました」

 リサちゃんは今日も真っ赤なスパンコールのビキニで、頭と背中には赤い羽根飾り。それに肩から「バテリアの女王」とポルトガル語で書かれた白いたすきをしている。これは、わたしもジャニースもつけたことのある、晴れの舞台には欠かせないものだ。

「この衣装、すべて手作りなんですか。すごいですねー。さて、この時間、てんぶす那覇前には多くの人が集まっていますが、人を惹きつけるサンバの魅力とはなんですか」

「サンバって若い女性だけじゃなくて、男の人も子供も、オジーもオバーもみんな参加できるんです。そこですかねー」

 うんうん、リサちゃん、無難な受け答えだよ。そして次は男性リポーターから尚ちゃんにマイクが向けられる。

「こちらは大きなスカートですね。なんという役なんですか」

「はい、ポルタ・バンデイラといって、チームの旗を持って踊るんです、はい。カーニバルのパレードってブラジルでは真剣勝負なんでー、オリンピックの入場行進みたいに旗持ちがいるんです、はい。ただ踊りは優雅なんですよー。わたしーみたいな人が、こんな大役をやらせてもらえて、はい、本当にうれしいです」

 尚ちゃんには久しぶりにポルタの正装をしてもらっている。赤と白でデザインされたビロード地の裾の広いスカートのドレスに、頭と肩、そして背中には緑の羽根飾り。テレビに出るからって、さっきまで念入りにお化粧をしていたけど、うん、きれいだよ、尚ちゃん。

「この旗は、沖縄市の商店街、中央パークアベニューのお店で作ったそうですね」

「はい、今回、地元商店街の特色を生かしたカーニバルをしようと、米軍用にワッペンなどを作っていたお店に、お願いしました。はい」

 尚ちゃんの手にはBCスポーツに作ってもらった旗が握られている。チームマークのピンクの魚が刺しゅうされたものだ。旗全体には青と白の旭日を入れてもらい、なかなかの出来。さすがは金城さん。それと旗頭には、シェイラーズ・バザールからいただいた扇の羽根をつけた。

「今度はこちらの男性ですが、この衣装が今年のパレードのテーマらしいのですが、それは何でしょうか」

 と女性リポーター。

「えー、これは照屋林助さんです。リンスケさんが歌と笑いで戦後の沖縄を元気付けたということを、今年のテーマにしています。えー、実はこの衣装、本物なんですよ。テレビに出るんで本人からお借りしてきました。もちろん当日もこれを着てパレードします」

 そう答えるのは何を隠そう倉敷さん。リンスケさんの大ファンの彼は最近になって、当日はどうしてもその役をやりたいと言い出してきた。2台の山車にひとりずつ乗るんだけど、倉橋さんには山車製作の責任者をやってもらっている手前、言うことを聞かざる負えない。ほんとは山車の誘導係をしてもらいたかったんだけどなー。しかも、やせ型なので本人に全然似てないし。今日は仕事を早引きして名護から那覇までやって来てくれた。

 それと、先日、リンスケさんの奥様にお願いして、ステージで使っていた衣装を2着お借りしてしてきた。2着とも白地に赤と紫の模様の紅型の着物に、紫の頭巾。レコードのジャケット写真などによく使われているものだ。

 これをお借りするとき、わたしがお礼の言葉を述べていると、奥様からも、

「主人のためにいろいろしてくれて、こちらこそありがとうございます。主人にはちゃんと伝えておきますから」

 これにはかなり恐縮する思いがした。そしてリンスケさんはいま、闘病生活を送っている。いい加減な気持ちでお借りしたらダメだと思った。

「そしてこちらの小学生の皆さんは、缶から三線を持っていますが、これは」

「はい、沖縄の大衆音楽、大衆芸能を表しています」

 そう答えるのは、ケン・ダンススクールの小学生グループ。実は、実行委員会の会議があったあと、思い切ってダンススクールの事務所に電話してみた。だけど電話口に出た比嘉さんという事務員の方からは、

「残念ながらめぐみさんはずっと休んでいますけど、電話があったことは伝えておきます」

 とだけ言われた。

 ところが、そのあと1週間ほど経ってから、その事務員の方から電話があり、

「サンバのパレードにうちの生徒さんを是非とも参加させて下さい。あの事があってから、生徒さんたちも落ち込んでしまって。でも、だからこそ今、いろんなことに挑戦させてやりたいって、めぐみさん、言ってました」

 ということで、今日の番組にも出てもらうことにした。この程度のことでも、子供たちが前向きな気持ちになれればと。

 そして、最後のひと組がテレビ画面に映し出される。男性レポーターがマイクを向けるやいなや、質問も聞かず一斉にキャーキャーと騒ぎだす。フィリピン人のミラたちだ。ソフィアさんとあと3名で来てくれた。

 もちろん、今日はキャミソール姿ではない。ショータイムで使っているんだろうね、五人がまとっているのは、真っ赤なボディコンスーツだ。

「えっと、ちょっと落ち着いて、落ち着いて。みなさんはどんなグループですか」

「コンバンワ、ワタシタチハ、フィリピンカラキマシタ、ヨロシクオネガイシマス、キャー!」

 先日、2階の作業場でソフィアさんにパレードの話をしているとき、お金は出せないけどテレビに出れるよって言ったら、乗り気になってくれたのだ。今日のこの放送はみんなビデオに録って実家に送るんだそうだ。日本でテレビに出るほど有名になったと自慢するんだとか。

  タガログ語で何か叫んでいるのは、「お母さん、見てるー!」とでも言ってるんだろうね。

「よくNHKが出演OKしてくれたねー、フィリピン・パブの女の子たちなのに」

 幸江さんがわたしの隣で少し呆れている。

「それってかなり偏見ですよ。別に彼女たち不法就労しているわけじゃないですし」

「まあアベニューらしいっていたらそうかもねー。彼女たちのお店も通り会に入ってるから、あたしの方からオーナーにお礼言っとこうねー」

 男性レポーターは収拾がつかないと思ったのか、わたしが本番前に渡したメモ書きを元に、アベニューのフィリピンのお店のスタッフが、国際交流でパレードに参加しますとだけ紹介して締めくくった。

「これで参加者5人稼げました」

「よくやるよ、あんたも」

 そして、やれやれといった顔をした男性レポーターは、またリサちゃんにマイクを向ける。

「さて、最後にサンバクィーンのリサさん、どんなパレードにしたいか抱負をお願いします」

 そろそろ中継コーナーの終了の時間だ。

「はい、あのー、沖縄市って最近なんか大変で、やれシャッター街だ、泡瀬埋め立てだ、基地だって、みんなわさわさーとか、わじわじーとかしてる感じで、なんか見てられないんです。わたし子供の頃、この街嫌いだったんです、ハーフでしょ、いじめられてたし。でも、大きくなってからはいろんな人に感謝できるようになって。だから、サンバカーニバルが決まったとき、こんなときだから、賛成とか反対とか言って、いがみ合うんじゃなくて、そんなこと忘れてみんなで騒いじゃおうって思って。リンスケさんが、戦争で元気をなくしていたウチナンチューにしたように。コザの人も、那覇の人も、アメリカ人も日本人も、イエーって笑えるように、ははは」

「では、今度はリサさんたちが照屋林助さんになって、コザの街を元気づけるって言うわけですね」

「ははー、いいこといいますね。さすがNHK」

 リサちゃん、その受け答え、ちょっと変だよ。

「それでは最後にもう一度、みなさんで踊っていただきましょう。テーマ曲『偉大なワタブー、歌おう踊ろう、コザ独立国の大統領と共に』です」

 すると再びテーマ曲がかかり、すぐにみんなが踊りだす。中継車のモニターには、ひとり一人がアップで映し出されていく。いずみちゃんは今回はオレンジ色のビキニを着てもらった。小学生グループはサンバに合わせてヒップホップを踊っている。尚ちゃんは旗を優雅になびかせ、ミラたちはちょっとセクシー系のダンスをする。

「沖縄サンバカーニバルは11月7日、沖縄市空港通りにて18時より開催です。それではてんぶす那覇よりお伝えしました」

「あーあ、リサちゃん、練習さぼってて作業もあんまり手伝わないくせに、目立つとこだけ目立っちゃって」

 幸江さんがモニターからわたしに視線を移してつぶやいた。もちろん目元は笑っているけど。

「いいんですよ、夜の仕事大変でいつも寝不足なんだそうです。でリサちゃん、ほんとよく言いいましたよね。うん、よく言った」

「なかなか大したもんだ。あれウチナンチューしか言えないし、リサちゃんにしか言えない。悪いけど、アキさんでなくてよかったよ、あんたちょっと真面目だからねー。いやみじゃなくてだよ」

「わかってますって、わたしもそう思ってます、いい意味で、ははは」

「ところで海兵隊(マリーン)の彼とはどうなったの」

「彼女曰くですけど、もうイラクに赴任したそうです」

「小耳にはさんだんだけど、それってほんとなの」

「わたしもよくは知らないんです、でもなんか明るくなりましたよね、リサちゃん。なんか吹っ切れたんじゃないですか」

 わたしにはわかる。たぶんリサちゃん、もう大丈夫だ。


 沖縄サンバカーニバルまで、あと2日。




 第25話に続く 




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです