小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第27話 11月7日(日) 沖縄サンバカーニバル②

 3時を回ると、女性陣はそろそろ着替え始める時間となる。特にビキニの女性は念入りな準備が必要だからね。県外参加者の多くは近くのデイゴホテルに部屋を取ってるので、そこで着替えるようだ。

 わたしたちコミッサン・ジ・フレンチの衣装は、長袖の上着にミニスカート、そして帽子にマントと簡単なので、4時過ぎから着替えようかと思っている。一般参加者の人たちの着替えも、そのころを予定している。

 ただし、リサちゃんは着替えなきゃいけないと、しばらくくつろいでいたお店から、ぼちぼち2階へ行こうかと言う。なんたってサンバクィーンだからね、きれいに着飾ってちょうだい。わたしは手伝ってあげるよと、一緒に階段を上がっていった。

 

 2階の奥にあるステージは、その真裏が細長い楽屋になっていて、古ぼけてはいるけど化粧台や鏡がそのまま残っている。昨日、そこも掃除しておいたので、リサちゃんを案内することにした。

「ねっ、見て、面白いでしょ。今日はここでメークしたらいいよ」

「うわー、ほんとにAサイン時代に逆戻りですね」

 リサちゃんは3つある鏡の真ん中の前の丸椅子に腰かけると、メーク道具を広げだした。わたしもその横に座る。

「アキさん、知ってますこれ」

 リサちゃんが手にしているのは、ボールペンほどの長さの黒い棒状のメーク道具。

「これマスカラなんですけど、ダイソーで100円なんですよ。とっても人気みたいで、何軒か探してやっと見つけました」

「へー、100円で買えるんだ。今まで何千円も払ってたの、何だったんだろうねー」

「アキさんも使います、どうぞ使ってください」

「ありがとう、でもいいよ、今日は主役のリサちゃんが目立ってちょうだいな」

 リサちゃんは、それには返事をせず、無表情に鏡を覗き込みながらマスカラのふたをくるくると回す。

「アキさん」

「うん」

「本番が近くなって、なんか、ちょっと怖くなってきまして‥」

「へー、リサちゃんにも、そんなことがあるんだ」

「そのー、あたしなんかがサンバクィーンでいいんだろうかって」

「いいに決まってるじゃない。たすき、かっこよくつけなさいよ」

 化粧台の上には真っ赤なビキニとともに、NHKでも付けたすきが、きれいに折り畳んで置かれている。

「あのー、何にも言わないで、聞いてくれますか」

 リサちゃんはそう言いながら、大きく目を見開いて、左のまつ毛にスティックを当てだした。わたしは鏡に映った彼女に目を向けるけど、もちろん視線は合うはずもない。

「あたし、この前、NHKで、いじめられてきたみたいなこと言っちゃいましたけど、ほんとは、嘘なんです。いじめてたのはあたしなんです」

 小刻みにスティックが前後する。時計の秒針の動きのように迷いがない。

「沖縄って小学校のクラスに必ずひとりやふたりハーフの子がいるじゃないですか。あたしの小学校でも同じ学年に何人もハーフの子がいて、あたしよりも肌の色が濃い子がいたんですよ、ちがうクラスに。あたし、その子が嫌で。理由なんかなかったですよ、今から思うと。たぶん、自分を見てるような気がしてたんですかね」

 リサちゃんは、鏡の中のリサちゃんに話しかけてるようだった。わたしは言われた通り、口をつぐんだままでいた。

「それで、その子、もちろんいじめられてたんですけど、その子がいじめられたら、自分が助かるような気がして、その子のこと、もっといじめられればいいと思ってた。卑怯ですよね」

 リサちゃんは、スティックを一度容器に戻すと、今度は右のまつ毛を塗りだす。わたしは鏡に映る彼女の目元が、少しずつ際立っていくのをただ見つめている。

「聞いてください、ふん。ほんとか嘘かは今になってはわからないんですけど、その子が自殺しようとしたって噂が流れて、あたし、あたし、それを聞いて、そうなったら大事件になって、そうなったらあたしは、もうこれ以上…」

「もういいよ、もういいよリサちゃん!」

 わたしはたまりかねて言葉を遮った。

「それで、ふん…」

 そこで、リサちゃんの手がピタリと止まった。

「あたしには命のお祝いをする資格は、ないんじゃないかって‥」

 その手がゆっくりと化粧台に下ろされた。

「ふーっ、ははは。今、話したのも嘘です。そんなにちゃんと考えてないです。もう考えるのめんどくさくなってますし」

 鏡の中のリサちゃんが、ようやくわたしに視線をくれた。やさしい表情をしていた。

「うん、そうだよ、もういいよ」

 ごめんね、リサちゃん。ちゃんと受け止めて上げれなくて。

「聞いてくれてありがとうございました。これで、今日は楽しく踊れると思います。この街で、あたしのこの肌が、一番役に立つお祭りですもんね。出会えてよかったです、アキさんに。なんて言いますか、アキさんが生まれてきてよかったです。でなきゃ、今日という日はなかったんだと思いますし。命のお祝いは、そういうことだと思って踊ろうと思います」

 そう言われて、わたしは、精いっぱいの笑顔でリサちゃんの肩に腕を回した。そうだね、うん、リサちゃんも、生まれてきてくれてありがとう。

 

 そして夕方5時。

 琉銀前には、それぞれの衣装に着替えた参加者が続々と集まってくる。お祭りの見物客からは「何が始まるんですか」と、しきりに声を掛けられる。1番目の山車に乗る銀色の大きな衣装がひときわ目立っているようだ。

 この5時の集合では、きちんと隊列の順に並び、自分がどの位置でパレードに参加するのかを確認してもらわなくてはならない。当日参加者が多いので、隊列を作るのはこの時が初めてなのだ。

 ただし、国道330号線から空港通りにかけては民俗芸能大パレードの真っ最中。歩道は観客でいっぱいなので、邪魔にならないように、大綱とは反対側の路側帯に待機してもらうことにした。

 さて、ここで最終的なパレードの隊列を簡単に紹介しようね。 

 

 先頭集団は、わたしをはじめ地元の女性ダンサー5名。タイムトラベラーをイメージした、鉄道の車掌風の衣装に黒マント。各所に金色の時計の文字盤の装飾があしらわれている。段ボールを切り抜きアルミホイルを貼ったPEIXE(ペイシ)の5文字をひとりずつ持ち、フォーメーションを組んで進んでいく。 

 

 

 2番目は銀色の山車。上に乗る銀色の衣装5名は海上自衛隊の奥さん方。その中央にリンスケさん役の林栄さん。それに山車の左右には4人ずつ、同じ銀色の衣装を着た参加者が歩いてパレードすることになった。これは藤川さんが呼んでくれた、那覇航空自衛隊の方々だ。

 

 3番目は藤川さんたち海上自衛隊のグループ。段ボールで作ったアカバナの花びらを頭からかぶり、帽子はおしべとめしべ。肩には緑色のラシャ紙で作った葉っぱが左右2枚ずつ。12名が参加。そして、このグループの前にはビキニを着たパシスタが2名。

 

 4番目は旗持ちペア。尚ちゃんと本倉さん。衣装はアカバナの衣装に合わせNHKでも着た赤と緑のもの。男性用も、もちろん用意してある。

 

 5番目は沖縄ブラジル協会の皆さん。ブラジルやペルーからの留学生を連れて参加してくれることになった。仮装はバーテンやコックさんの衣装を用意してもらい、手にはフライパンやトレーとともに、パネルに張ったAサイン証のカラーコピー。14名が参加。このグループの前にもパシスタが2名。

 

 6番目はバテリア。バテリアの衣装はカーニバルを表す仮面舞踏会がモチーフ。本体は黒と銀で背中には金色のマント、帽子には黒い仮面のオブジェと黄色の羽根飾り。一4名が参加。バテリアの前にはもちろんサンバ・クィーンのリサちゃん。

 

 7番目はナーリーさんのお友達グループ。ナーリーさんや慶子さんの仕事場の同僚がメインで、米軍基地関係者が多いようだ。仮装はトランジスタラジオ。八百屋風や漁師風の衣装を着た上で、段ボールで作った旧型のラジオを肩からひもでぶら下げる。12名が参加。このグループの前にもパシスタが2名。

 

 8番目はケン・ダンススクールの小学生グループ。衣装は普段発表会で使っている白いスウェットの上下があるというのでお願いした。手には学校教材の缶から三線。8名が参加。

 

 9番目は当日参加のグループ。誰でも参加できる場所を作った。ジャニースの知り合いのブラジル人の奥さん方が、子供をベビーカーに乗せて参加する。もちろんベンジャミンも。ジャイミの中学校のダンス部の生徒さんも5名で参加。このグループの前には、ミラらフィリピン人ダンサーが5名。今回も真っ赤なボディコンスーツ。

 

 10番目はパシスタのグループ。緑色の山車の前後左右に、全国各地から集まってきてくれたビキニのダンサーを一四名配置。色とりどりの羽根飾りをまとい、自由自在に踊ってもらう。パレードのハイライトだ。

 

 11番目は緑色の山車。ビキニのデスタッキが4名。ふたり目のリンスケさん役の倉敷さんは運転席の屋根に。また中央には安慶田夜間保育園の園児5名が乗る。胸に緑の鳩がデザインされたポンチョ状の衣装。

 

 そして最後にカンパをいただいたお店の店名や、物品を提供してくれた企業名が書かれたプラカードを、自衛官3名が掲げて行進することになっている。

 

 さて、5時を過ぎると「そろそろ隊列通りに並んでください!」と、夫や藤川さんが参加者ひとり一人に声を掛けてゆく。まだ大パレードが終わっていないので、そのまま路側帯を使って並んでもらうことにした。これには結構時間がかかった。

 もともと全員が5時に集まってこなかったこともあり、5時半を過ぎてようやくグループごとに分かれた隊列を作ることができた。それでも、その長さは予想していた通り約100メートル。琉銀の角からかなり先のゴヤ市場の入り口まで、ずらりと人が並ぶこととなった。頑張って人集めをした甲斐があったというものだ。

 隊列ができたことを確認して、一度解散。ただし、10分後には本番に向けて今度は空港通り上にスタンバイしなくてならない。わたしはというと、この時間を使ってビキニのダンサーのパレオを集めることにした。お店から空港通りまでの移動用に羽織ってもらっていたのだ。

 

 そうして、ビニール袋を手に回っていると、ケン・ダンススクールの小学生グループが駆けつけてきた。大パレードに参加していたので、5時の集合には間に合ってはいなかったのだ。

「遅くなってすみません。今日はどうぞよろしくお願いします。でもなんかパレードが全体的に遅れてるみたいですよ」

 引率する比嘉さんによると、民俗芸能大パレードの方は、昔に比べて立ち止まってパフォーマンスするグループが増えたようで、なかなか前に進まなかったそうだ。

「それと、めぐみさんから、今日はありがとうございますと伝えてくださいと。彼女観に来ると言ってましたから、お会いできるかもしれませんよ」

 そうか、それはよかった、うん。ただ、今はそれを噛みしめてる余裕がない。

 ちょうどよく近くに藤川さんがいたので、事前に預かっていた缶から三線を彼らに渡すことと、彼らの整列場所を教えてくれるようお願いした。

 集めたパレオを1台目の山車の助手席に置いて、わたしはようやく先頭集団の整列場所へと向かう。すると、ジャニースやいずみちゃん、ユキちゃんが、見物客からひっきりなしに写真撮影をお願いされていた。そういえば、パシスタのグループの方でもかなりカメラマンが群がっていたっけ。カメコといってサンバのイベントにはつきものの写真愛好家なんだけど、人数が去年よりやたら多くなってる気がする。

 やはりNHKに出させてもらったせいかなーなどと考えてると、いずみちゃんが近づいて来た。

「なんだか浅草みたいになってきましたねー」

 いずみちゃんは浅草サンバカーニバルに出たことがるので、こういったイベントの雰囲気をよく知っているのだ。

「まさか、盗撮なんかされてないよね」と、念のため聞いてみると、

「大丈夫ですよ、残念ながら私たち露出少ないですから、ははは。それより本物のサンバカーニバルみたいで、なんだか楽しいです」

 そんな会話をしていると、ヒカリさんがやってきた。FMコザでは今日、放送する番組の折々で、お祭りの様子を生中継すると言ってた。もちろん彼の手にはマイクが握られている。

「アキさん、生中継したいんで、インタビューお願いねー」

 放送はアベニューや一番街のアーケードに設置された、有線放送用のスピーカーでも流されるのだそうだ。

「はいそれでは、今度はサンバチームにいってみるよー。これから18時より空港道りで第1回沖縄サンバカーニバルが開催ということで、えー、代表のアキさんが目の前にいるんで、抱負を聞いてみよーねー」

 ヒカリさんが来ることは聞いていたので、わたしは事前に話すことを用意していた。でも、パレードスタート前なので、ちょっと目が回りそうだ。

「はい、前に番組で、ヒカリさんが高3の体育祭が終わったときに泣いたと言ってましたけど、カーニバルではスタート地点で泣いて、ゴール地点では笑うんです」

「ゴール地点では笑う? へー、それってどうして」

「スタートで泣くのは1年間準備してきた日々を振り返るから、で、ゴールで笑うのは来年も頑張ろうって思うから。体育祭は高3が最後だから泣いちゃうんです。でも、カーニバルは一生続くんです。だから、わたしは今日は笑って終わろうと思います。絶対来年も開催しようって」

「いやー、今日もアキさん節が出たねー。うん、じゃあ、ほんと頑張ってねー。サンバチーム代表、アキさんでした」

 ヒカリさんはインタビューが終わった後、もう一度「頑張ってね」と、声を掛けてくれた。来年もずっと番組にゲストで呼ぶからねーとも。

 すると、それを横で聞いていたユキちゃんが、わたしにすり寄ってきた。

「私も、今日は笑って終わりたいんですけどねー」

 どうしたのと聞くと、来年参加できるかわからないなーと言う。

「私、内地で就職しようと思うんです。どうせ県内に就職先ないし。私も沖縄というフェンスの外に出てみたいなーと思って」

「なんか、悠仁みたいなこと言ってるね。家はどうするの」

「まだ何も決まってませんけど、一応、妹がいますし」

「内地行っても、毎年カーニバルの時に帰ってきたらいいよ。紅型のパレードするんじゃなかったの」

「はは、そうでしたね。とにかく、アキさん、短かったですけど、今日までありがとうございました。いつも見知らぬ土地でよく頑張ってるなーって思って見てました」

「だから、帰ってきなさいって。うん、それより5人で記念写真撮ろう」

 なんだか湿っぽくなってきたので、ジャニースといずみちゃんを呼んだ。ちょうど近くに泉井さんがいたのでお願いすることにした。「あれ、ナーナーは」と探すと、

「あそこにいますよ」と、いずみちゃんが歩道の方を指差す。勇魚も一緒だ。見ると、目を真っ赤に腫らしてる。

「ちょっと来なさい、どうしたの」と息子に声をかけると、

「うるさい! なんでもない!」

 わたしが駆け寄っていこうとする前に、ナーナーが息子の手を取って「大丈夫です」とだけ言った。

 結局、息子はナーナーにまかせて、写真は4人で撮ってもらうことにした。

 

 やがて5時40分を過ぎ、夫や藤川さんが首に下げていた笛をピピーピー、ピピーピーと吹き鳴らす。すかさず声を張り上げる。

「パレード始まりますから、急いで隊列に戻ってください、急いでー」

 本来、あと15分ほどで沖縄サンバカーニバルのスタート時間だ。ところが空港通りを見ると、いまだに大パレードが続いている。ようやく最後の方のエイサーの団体が入ってきたところだ。だから夫らが集合を呼び掛けているものの、わたしたちは路側帯から車道へと動くことができない。どうしようもなく中途半端な時間が流れていく。クリスチャンのジャニースが十字を切って何かを祈っている。そこに夫が駆け寄ってきた。

「やっぱり、大パレード、かなり遅れてるみたいだぞ」

 エイサーの太鼓に負けないように声を張りながら、腕時計に何度も目をやる。すでにスタート5分前だ。

「アキ、いいな、スタート遅れてもきっちり30分やるから。ゴリにもそう言ってある。実行委員会が何言おうと、最後の山車を絶対に慌てて進めるなって」

「でも、大丈夫かなー」

 わたしはこの時、ふたつのことが頭によぎった。来年のために実行委員会を怒らせてはいけない。もうひとつは、それでもそうするなら覚悟を決めよう。でも、

「卓はわかったって言ったの」

「大丈夫だよ、ずっと一緒にやってきたんだから」

「ずっとって、ユージ、卓と高校から付き合ってたわけじゃないでしょ」

「なんだよ」

「卓、花城婦警に何か頼まれたって言ってなかった。山車を押すことについて…」

 そこまで言いかけたとき、わたしたちの会話を新本さんが遮った。

「ユージさん、大変ですよ、案野さんまだ来てませんよ。どこにいるか知ってますか」

 ギターとボーカルは、空港通り中央に設置されたステージ上で演奏することになっている。パレードはできないけど、その代わりアンプを通して沿道に配置されたスピーカーから音を出すことができるのだ。

 だけどもうセッティングが終わって、みんなスタンバイしていると思っていた。すぐに夫から案野さんに電話をかけてもらうと、国体道路でもらい事故にあったらしい。警察呼んだから時間がかかったけど、もう着いて、今、アベニューの駐車場に車を停めていると言う。夫はすぐに、

「でも間に合わないな。代役立てよう。俺が歌おうか。自分で作った曲だから大丈夫」

「いや、待って、そうだ、尚ちゃんだ」

 わたしはすぐに尚ちゃんを探した。隊列のふたつ後ろにいるはずだ。大声で「尚ちゃーん」と呼びかけながら駆けだしていた。

「アキさん、ここですよー、いよいよですねー、でもちょっと時間遅れてますかねー」

「尚ちゃん、聞いて、あなた歌える」

「はー、何のことですか?」尚ちゃんはいきなりのことに、きょとんとする。

「案野さん、遅刻するかもって。あなた歌ってくれない」

「そうなんですか、でも、わたしーポルタですし、ほかに歌える人は」

「誰もいないの。たぶん、あなたが一番歌うべきよ。あなたがポルタ以外のことをやりたいの知ってた。でもいつもみんなの陰で頑張ってたよね。歌とっても練習していたし。だから、あなたの歌、聞かせて」

「でもポルタは」

「大丈夫、ユリちゃんに頼む。あの子、もともとポルタでしょ」

 わたしはそう言って、彼女から旗と旗棒を体に固定するベルトを取り上げた。そしてすぐに「早く連れて行っって」と、新木さんを即す。尚ちゃんも覚悟したのか、

「アキさん、わかりました、頑張って歌ってきます」

 と、大きなスカートを両手でたくし上げ、小走りにステージへと向かっていった。尚ちゃん、頑張れ! あなたはうちのチームで、ほんとは一番輝いてるんだから。

 

 すると、尚ちゃんと入れ違いに今度はムーネーが駆け寄ってきた。よっぽど慌てて来たんだろうね、肩から下げたカイシャが裏返っている。今度は一体、何よ。

「アキさん、大変。リサちゃん、いなくなっちゃったんだけど。さっきトーニオが通りかかって、リサちゃんがそれを見つけて、一番街の方へ追いかけて行って」

「えっ…」

 頭が真っ白になるってこういうことなの。えー、何やってるのよー、こんなときに。自分はバカじゃないって散々言ってたよねー。

「トーニオ、イラクに行ったんじゃなかったんでしたっけ」

「そんなの大嘘に決まってるじゃない。ムーネー、すぐに探しに行って。いやそうだ、ヒカリさんだ。ヒカリさん見なかった」

「さっき、バテリアの方に来てましたよ、生放送でちょっと叩いてくれって」

 見るとバテリアの隊列の中に、ヒカリさんの後姿が見えた。東京からの参加者ということで、高城さんにインタビューしているようだ。

「ムーネー、これをユリちゃんに渡して、2台目の山車の前にいるから」

 そういって旗とベルトを渡すと、ヒカリさんの元へとわたしはまっしぐらに走って行った。

「ヒカリさん、お願い、マイク貸して」

「どうしたのー、えー、また代表のアキさんが来てくれたよー。何か新しい情報あるのかなー」

 ごめんなさい、ヒカリさん。わたしは心の中でそうつぶやくと、向けられたマイクを奪い取っていた。

「リサちゃん、どこにいるの、ねえ、聞いて。あなたと色々話せて楽しかったよ。わたし怒っちゃったこともあったけど、あなたはいつもお姉さんのようにわたしを慕ってくれた」

 ヒカリさんは意外にも、わたしからマイクを奪い返そうとはしなかった。そして目と目が合った、その時わたしは自分が泣いているのに気が付いた。わたしは一瞬のうちに、彼女との1年間を振り返っていた。

「あなたバカじゃないって言ったよね。早く来て、あなたがいなくちゃだめだよ」

 だって、

「今日はみんなで、命の、命のお祝いしようって言ったよねー」

 

 ピピー、ピピピー、ピピピー

 

 合図の笛の音があちこちから鳴らされている。大パレードがようやく終わって、空港道りの上でもう一度整列する時間となったようだ。

「急いでー、早く並んでー、時間ないよー」

 夫や藤川さんが大声で叫んでいる。デスタッキが乗った2台の山車が、「そーれっ!」という掛け声とともに路側帯から離れていく。

「アキさん、何やってるの、ねー、しっかりしなよ」

 振り向くと幸江さんが立っていた。一番街のアーケードのスピーカーから、わたしがリサちゃんに呼びかけているのを聞いて、慌ててて探しに来たのだという。

「あんたも早く持ち場につきな。リサのことは信じていいよ。大丈夫、あとはわたしに任せておきなー」

 

 18時5分。すでに陽は傾き、空港道りは夕闇に包まれかけていた。パレードコースの沿道に並んだいくつもの照明がたかれだす。その光を浴びて2台の山車がパッと眩しく輝いた。

 やがて夫の演奏開始の笛が高らかに鳴った。ジャイミがヘピーキで合図を出す。6拍目からはスルドとカイシャが、その3拍後にタンボリン、そしてその8拍後にガンザが鳴り響いた。

 コザの夜空に、わたしたちの沖縄サンバカーニバルが、まさに音を立てて動き始めた。

 

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第28話(最終話)に続く 

 

沖縄サンバカーニバル2004 パレードの映像1

沖縄サンバカーニバル2004 パレードの映像2

 

※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです