「全然、星流れないですねー」
砂浜に仰向けになったリサちゃんが星空を見ながら、しきりにそうつぶやく。
「おかしいよねー、ニュースでは今日が見ごろだって言ってたのに」
幸江さんも、一生懸命、流れ星を探している。
「隣のトリイ・ステーションが明るいからじゃないですかー」
わたしもそのふたりの真ん中に寝転んでいる。
「まあいいさ、3人だけの打ち上げさー、まずは乾杯しよー」
幸江さんがコンビニの袋からビールを3缶取り出すと、
「いいですねー、あたし、今日、店休んでよかったです」
リサちゃんがすかさずプルトップをシュッパっと鳴らした。
今夜はしし座流星群が一番流れる日だということで、3人でユーバンタの浜に来ている。明け方が一番流れるらしいけど、さすがに徹夜はしたくないので、いまは夜の11時。わたしもお店の方は早々に閉めて、夫に車で3人をここまで送ってもらった。このあと夫は息子とナーナーを夜間保育園に迎えに行き、もう一度ここに戻ってくることになっている。
「一応、実行委員会からは来年もやってくださいって言われたよ。あんなに盛り上がるとは思わなかったって。予算も増やせるなら増やしましょうと」
すでに聞いてたことだけど、幸江さんが今夜も得意げに話してくれる。
「いいですねー、来年はリマレストランで、ステーキで打ち上げですかねー」
もちろんわたしも満更ではない。自分でもよくやったと思う。
「結局、何か国の人が参加したかって聞いてたよー、沖縄市ってそういうの気にするから」
「ですよね。日本、アメリカ、ブラジル、イギリスがメンバーで、沖縄ブラジル協会のグループにペルーとアルゼンチンの留学生がいて、それと当日参加で基地のコロンビアの女の子と、インド人のテディーさんは奥さんと来てくれて、そうそうフィリピンの子も頑張ってくれましたね」
「あー、めちゃくちゃ踊ってたじゃない、あの子たちー」
「最初はお金がないと参加しないって言ってたんですけどね、たぶん、根はいい子たちですよ。ところでパレード時間がオーバーしたこと、実行委員会の方でなんか言ってませんでしたか」
「全然、あんなの始めっから口だけだったんじゃないのー。何にも事情を知らない委員の人なんて、もうちょっとやればよかったのにーなんて言ってたし。そういうところが沖縄の男って、てーげーなんだよ」
実際、10分近くオーバーしたんだけど、10時の規制解除には何にも影響はでなかったようだ。さらに幸江さんから、
「ということは、卓はユージさんの言うことを聞いたってことになるね、あの婦警さんを裏切って」
「あー、その話ですか、違うんです。あとで聞いたら花城婦警からは、自分のことは気にせずに、やりたいようにやったらいいよと言われてたんですって」
「へー、そうだったんだー、いい人なんだね、花城さんて」
「卓とうまくいくといいですねー」
細かい事情を知らないリサちゃんが、そこだけ口をはさむ。
「そんなこと言うとまた卓に怒られちゃうよー、ははは」
そう笑うわたしも、ふたりがうまくいけばいいと思っているけど。
「それと、尚ちゃん、よかったよあの子、体格がいいから声量があった、しかも堂々と歌ってたねー」
「幸江さん、あの子、人一倍歌の練習してたんですよ。ダンサーも歌わないとダメだって」
「あの後、案野さんが来て、ふたりで歌いだしたら、今度は山車を作った日みたいに、合いの手も入れだして」
「後ろで弾いてたシロさんは、あの子化けたねって言ってました、一皮むけたんじゃないかって」
するとリサちゃんが、
「アキさん、聞いてくださいよー、あたしの知り合いが尚ちゃんの大きなスカートを見て、小林幸子かって笑ってましたよ、ははは」
「はは、そうかも、あんな格好で歌う人、ブラジルではまずいないからねー」
「その反対に、ポルタやってくてた東京の人、ユリちゃんでしたっけ、あのスカートよかったですね」
そうなのだ。ユリちゃんはわたしの無茶ぶりに戸惑うことはなかったけど、さすがにビキニ姿でポルタをするわけにはいかないと、わたしが集めたパレオの端を何枚もベルトに差し込んで、即席のスカートを作ったのだ。スカートはポルタの「意地」だからね。
「それに彼女、踊りうまかったですねー、わたしパレード中、後ろから見てたんですけど、本倉さんとペアダンスがしっくりいってて」
さすがに経験者同士だったので、練習をしなくても息が上手く合ったようだ。このふたりにはほんと助けられた。
「それとアキさん、勇魚、なんか言ってませんでしたー」
「ああ、ナーナーとのこと、うん、ちょっとは話してくれた」
あの日、ナーナーが路側帯で待っているとき、同級生の男の子が通りかかって「土人の踊りー、土人の踊りー」ってからかわれたそうだ。それで息子が「黙れっ」て向かって行ったら、逆に転ばされて泣いてしまったらしい。
「勇魚にごめんなさいって、言っといてください」
「うん、でもナーナーも助けたかったんだろうけど、あの子、自分はブラジル人って気持ちがあるから、ブラジルをバカにされてことにも怒ったんだと思うよ」
「いつか勇魚が、サンバチームのリーダーになるんですかねー」
「どうだかなー、でも、そん時はナーナーがサンバ・クィーンてことよね」
「はは、だといいですねー」
一瞬、目を閉じて青年になった息子とナーナーを思い浮かべてみた。その時ナーナーは、リサちゃんのように自分の肌の色を自慢してるに違いない。
「そういえばめぐみさん、見に来てたのわかりました?」
わたしはふたりに尋ねる。
「はい、あたし踊りながら目が合って、ぺこりとあいさつされて」
と、リサちゃん。
「あたしもステージの方の手伝いに行ったとき、反対側の歩道にいるのが見えたよ」と、幸江さんも。
「ちょっと笑顔が戻ってませんでした」
「うーん、そう見えたかなー。あたしとは目が合わなかったけど」
「あたしたち、なんかの力になれましたかね」とのリサちゃんの問いかけに、
「うん、そうだといいね」と、幸江さんが答える。
そして、もう一度3人で星空を見上げる。
「そうだ、打ち上げ、ミッキーのママ、ほんといい人よね。予算5万円しか払ってないのに、あの料理の量ったら」
パレードのあと、地元組はもちろん、県外組、自衛隊員など、60名位で打ち上げをした。会計は幸江さんに任せてあった。
「前日のおにぎりの料金も込みなんですよね。ちょっと無理なお願いしたかもしれないですね」
わたしは少しだけだけど、おにぎりを作るお手伝いはしたけど。
「まあいいんじゃない、一応通り会主催のイベントだったんだから、甘えちゃおう。あとお酒、結構余ったみたいだねー」
「あれはリサちゃんのおかげですね。オリオンと新里酒造から、結構タイアップいただけましたから」
「そうでしょ、中の町の女をなめないで下さいね、ははは」
と、リサちゃんは得意顔。
「Tシャツは全部配ったんだよね」
「50枚作ったんですけど、県外参加者と、各グループのリーダーに配ったらほとんどなくなっちゃいました。みんな記念になるって喜んでくれましたよ。特に県外に人には『ゴーヤーマン参上!』がかえってうけてましたねー。幸江さんの分くらいならまだありますけどいりますか」
「あたしはいいよ、さすがに県内ではあれ着れないさねー。でもTシャツの費用も、全部カンパで賄えてよかったねー」
「それより、自衛隊の裸踊り、ははは、あれはすごかったですよねー」
リサちゃんが言っているのは、藤川さんのグループが真っ裸になって人間ピラミッドを作ったこと。なぜか夫もナーリーさんも参加してたけど。
「わたしに真顔で、海上自衛隊の伝統芸能だからやらせてくださいって」
「うそー、でも県外の女の子たちにやたらうけてましたねー、ははは」
「そういえば、泉井さんが写真送ってくれましたよ。50枚くらいあったかなー。みんなよく撮れてましたよー。今度、ふたりに見せますね」
「あたしも写ってるの。パレード出てないのに」
「幸江さんは、打ち上げで酔っ払ってるところ、バッチリ撮られてましたよ」
「いやだ、そんな写真見たくないよー、ははは」
「それと、ジャニースは年内に本国に帰るっていってました。あとユキちゃんは内地に就職するかもって、そうすると今から準備で忙しくなるって」
「そうなんだー、寂しくなるねー」
そしてまた3人で夜空をみつめる。流れ星はいっこうに流れてこないけど、もうどうでもよくなってきていた。
「さて、そろそろ、リサちゃんの話に移りましょうか」
わたしは少しからかう口調でそう切り出した。もう大体のことは聞いているけど、もう一度白状させなくてはと。
「何ですかアキさん、怖い声出して。あたし、パレードにはぎりぎりでしたけど、ちゃんと間に合いましたからね」
「あれはさ、尚ちゃんがあたしの代わりにグリット・ジ・ゲッハしてくれて、しかも、あの子、空気を読んで時間をかけてくれてから間に合ったようなもんじゃないの」
と、幸江さん。リサちゃんはちょっと苦笑い。
「ところでアキさん、この子どこにいたと思う」
「聞きましたよ、琉球彫よしさんでしょ」
「幸江さん、いいですよ、あたしから話します、ふん。トーニオが突然通りかかったから、あたし、何が何だか分からなくなって。でも、ほんとはすべて分かってたんですけどね、はは。それで、彫よしさんの近くだったから、捕まえて、あたしの名前、今すぐここで彫りなさいって言って、でもあいつ真面目な顔して、それはできないって、本当にごめんって」
「なんかすごい修羅場だね、パレード直前だったのに」
「あの人、背中に月のタトゥーがあるの。前にあたしがこれは何の意味って聞いたら、僕が太陽できみが月だよって言ってくれて。でも大嘘、本国の彼女の背中に太陽のタトゥーがあるらしいの」
「そこまで吐かせたんだ。だから時間かかったのね。ところでわたしがラジオで呼びかけたの聞いた」
「ラジオですか、そんな暇なかったです。なんか言ったんですか」
「聞いてないならいい。言って損した」と、わたしは呆れかえる。だけど、
「まあいいさー、何とかパレードには間に合ったんだし、よかったさー、きちんと吹っ切れて」
幸江さんは沖縄の女はそれくらいがいいとでも言いたげだ。
「ところで、全然流れませんね、星」
リサちゃんは全部言ってすっきりしたのか、また遠く星空を見つめている。そして、
「流れたら何祈るんですか、そうだ、まず幸江さんから」
「言わすかねー、男に決まってるさー」
「ところで、倉敷さんとはどうなったんですか」と、わたしは矛先を今度は幸江さんに向ける。はは。
「なんにもないよ、そんなんじゃないって」
「リサちゃんに言ってなかったけど、幸江さん倉敷さんに知花花織あげてたんだよ」
「だから、そんな色っぽいものじゃなくてコースターだって、でも今度、辺野古に連れてってくれるって、自分の働いているところを見せたいって、何にも悪いことしてないからって」
「はは、それってなんか脈ありじゃないですかー」
と、リサちゃんも喰いつく。
「いいよいいよ、あたしのことなんて、それよりリサちゃんは」
「はー、やっぱりわたしも男かなー、でも今度は日本人にしようと思います、真面目な」
「どうだかねー、どうせまた駄目なアメリカ人にひっかかるに決まってるさー」
「ひどいなー、じゃあアキさんは」
「わたし、わたしは秘密」
「それはずるいって、みんな正直に言ったんだからいいなさい」
と、幸江さんが口を尖らす。
「今はですよ、今ここにいるわたしは、来年も3人でカーニバルできますようにって願ってます」
「いやみだねー、あんたは、旦那いる女はきれいごとが言えていいねー」
「わたしだっていろいろ悩みはありますよ、お店の売り上げとか、来年のテーマどうするかとか、はは」
すると幸江さんが、
「アキさん、あんた昔この浜で歌の話してくれたよね、3つの人種の歌。クラーラなんとかっていう人のサンバの」
「はい、覚えてますけど」
「リサちゃん、アキさんその時なんて言ったと思う」
「なんてですか」
「確かまだ8月だったかな。あたしたち3人が力を合わせて、沖縄でカーニバルをやっていこうって」
「へー、あたしもその3人の中のひとりだったんですか。その頃は結構怒られたばかりだったのに、はは、うれしいですね。うん、来年は怒られないように頑張ろー」
そしてまた3人で星空をみつめる。しばらく無言の時間が過ぎる。それは肩の力の抜けた、うっとりするほど心地の良い時間だった。
やがて、幸江さんから、
「ところで、年寄り連中にはリンスケさんをテーマにパレードしたこと、ほんと受けてたよ。林栄さんなんてそっくりだったから、あれ本物じゃないかっていう人もいて」
「衣装貸していただいた甲斐がありました。ほんと奥さんには感謝ですね」
衣装を返す時、お礼の言葉を述べると、奥さんからもご苦労様でしたと頭を下げられた。本人も喜んでましたよと。
「でも倉敷さんは、似てなかったね、あの人痩せてるから、あんなガリガリのリンスケさん、おかしいって逆に笑われてたよ」
「本人は一番やる気満々だったんですけどねー」
「でも一番似てたって言われたのは、一番最後に歩いてパレードしてた人。見てる人ひとりひとりにきちんと挨拶して回ってたって、オバー連中の間では好評だったよ。わたしは見なかったけど。そんな人、いつ呼んだの」
「3人目、3人目ですか」
わたしは思わず跳ね起きて、リサちゃんに目をやる。
「そう、そうですよね、そうだったんですね、アキさん」
リサちゃんも一緒に跳ね起きて、わたしを見つめ返す。
「ははははは、ははははははは」
「もーなにー、なに笑ってるのー、ふたりともー」
「リンスケさん、我慢できずに、一緒にパレードしちゃったんだー」
沖縄サンバカーニバルまで、あと354日。
この翌年の3月10日にお亡くなりになられた照屋林助氏のご冥福を、サンバチームを代表して改めてお祈り致します。
(終)
※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです