小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー

 結局、昨日の夜、リサちゃんがナーナーを迎えに来ることはなかった。

 夜中の3時まで起きていたわたしは「あの女、どこほっつき歩いてるんだ」と何度もつぶやいたけど、ナーナーの寝顔を見るのも楽しかった。女の子がうちにいるのもいい。ただし、朝起きるとおねしょをしていた。やられたね、でもかわいいもんだ。

 その朝の10時になって、ようやくリサちゃんから電話があった。

「ごめんなさい。店が終わったあとも色々あって。ほんとすみません」

「まあいいわ、お互い様よ。で、いまから迎えに来るの」

「それが、ちょっといけないんです。イベントには必ず行きますから、それまで預かってくれませんか」

「どうしたの、預かるくらい別にいいけど、もしかして、やっぱり男」

「すみません、でも今回は、あのー、マジなんです」

 マジって、この前練習に来ていた彼氏のことなのね。トーニオだっけ。そりゃあ、リサちゃんが結婚していい家庭を作ることには大賛成だけど、そっか、あの人か。

 今朝、勇魚は目を覚ますと、布団にナーナーが寝ているのでびっくっりしていた。けど、保育園ではいつも一緒なので、早速、姉弟のようにくっついている。ナーナーはリサちゃんと同じく褐色の肌にばっちりとした瞳。リサちゃんはナーナーのお父さんの話はしたがらないんだけど、ナナはアフリカ系の言葉で「恵み」といった意味があるんだそうだ。娘のために父親の写真を1枚だけ捨てずに持っていると言っていた。

 せっかくなので、お昼は「家族4人」で美里にある太陽市場に行くことにした。ここは大人950円でランチ食べ放題で小学生未満は無料。わたしからは何にも言わないのに、小2のナーナーは小1の勇魚の口を片手で押さえて「あんた、小学生って言っちゃダメよ」と言い聞かせながらお店に入っていった。  

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
ランチバイキングで人気の太陽市場




 さて、今日のイベントは「土着人ふぇすた」といって、中央パークアベニューの通り会主催の夏祭り。

 子供向けにバルーンアートをするクラウンは外部から呼んだようだけど、基本的には商店街の各店が屋台を出したり特売をしたり、うちのような店はステージをしたりと、なかなか手作り感のあるお祭りだ。

 アベニューは南側の国道330号線との交差点から北側のコリンザまでで、全長は約500メートル。主だった交差点ごとに、商店街は四つの班に分けられている。そして第3班には通り会の倉庫があるので、この地区の車道を部分的に通行止めにし、機材を運び出して小さいながらステージが作られる。うちのチームのほかに、ダンス教室の発表会や、FMコザのヒカリさんのアコースティックライブもあるらしい。

 せっかくなので、ここでアベニューについてもう少し。

 アべニューはもともとBC通りとして、1950年代始めに都市計画で作られた商店街。BCとはビジネスセンターの略で、センター通りと呼ばれたことも。アーケードと遊歩道が作られ、中央パークアベニューとして生まれ変わったのが83年。その後シャッター街化が問題になっていくんだけど、この通りには戦後間もなくから続くお店がまだまだ残っている。現存するお店で一番古い照屋楽器は1951年の創業。

「はじめは何にもない返還地に、木造平屋を建てて始めたらしいですよ」とは照屋楽器の林栄さん。現在はもちろんコンクリートの2階建て。

 ニューヨークレストランやチャーリー多幸寿(タコス)は、いまでは日本人観光客も訪れるし、アメリカ兵向けにワッペンを製作するクレージーストアや玉橋刺しゅう店も盛業中だ。

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
1960年12月撮影のBC通り 照屋楽器店は照屋レコードとある(沖縄公文書館所蔵)

 うちの大家さんのBCスポーツも、もともとは刺しゅう屋さんだったそうだけど、その技術をいまでは部活のユニホーム製作に転用して商売を続けている。

 香港から移り住んできたインド人店主の雑貨店も2軒あり、うちのすぐ隣のシェイラーズ・バザールのテディさんは、

「英語が使えるからすぐに商売になったよ。ただ、永住権をとるために、沖縄の女性と結婚するのに苦労したけどね」

 と、笑いながらながら話してくれたことがある。ただし、奥さんの真理さんは、なかなかの美人だけど。

 ミラが働くフィリピン・パブなどはAサイン・バーの名残。ほかにも古いお店はまだまだあるけど、今日のようなイベントがあると協力金を積極的に出すのそういったお店だそうで、幸江さんが言うには、

「昔いっぱい儲けさせてもらったから、いまはあんまり儲かってなくても、恩返ししなくちゃねーって気持ちがあるよの」

 新しいお店は、もちろんそんなことを言ってる余裕はないんだけどね。


 食べ放題でお腹を膨らましたあと、わたしたちは午後1時にはアベニューに着くようにした。

 多少風はあるものの今日は天気に恵まれ、普段では見られない子供連れなどが遊歩道を賑やかしている。アメリカ人家族もちらほらと目につく。すでにステージのある第3班の方からは、重低音のドラムの効いた音楽が聞こえてきた。

「確かいま頃、ダンス教室の発表会やってるはずだから、見に行こうぜ」

 夫がそう言うのでお店には寄らず、すぐに4人で音のする方へと向かう。

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
土着人ふぇすた(沖縄タイムズ2000年9月15日付け)

 アベニューのちょうど真ん中あたりには、ダンススタジオ・ケンという教室があって、クラシックバレエをはじめジャズ・ダンスなど、いろいろなジャンルの講座を開いている。

 経営しているのは比屋根健司さんといい、30手前のなかなかのイケメン。わたしも以前、サンバ教室を開いたらと誘われたことがあったけど、お店の営業時間と重なるので泣く泣くお断わりしたことがある。

 今日はその健司さんのスタジオの小学生と中学生の生徒さんが、ヒップ・ホップを披露することになってるそうだ。

 ステージのある第3班までは、うちのお店は第1班だから歩いて2、3分。のんびり歩いていると、クラウンのパフォーマンスに人の輪ができていた。小さい男の子がバルーンでできた刀をもらって喜んでいる。

 さらに進むと、かき氷の屋台や、景品がもらえる輪投げなどにも人が集まっていた。聞くところによると空き店舗を利用したお化け屋敷が一番の人気らしい。通りが賑わうと、ほんとうにうれしい気持になる。

 ステージ前につくと、といっても道路に直接スピーカーが並べられているだけだけど、かなりの人だかりができていた。観衆の頭越しに、小学校の高学年くらいの男女8名が横2列になり、振り付けをぴったり揃えて踊っているのが見えた。前列の子供たちはさすがに切れがいい。

 そのステージのまん前には生徒さんのご両親だろう、後ろの見物客の邪魔にならないようにとしゃがみ込んで声援を送ってる。お父さん方はビデオ撮影に一所懸命だ。

「いーよなー、ヒップホップは、いっぱい子供がいて」

 夫がステージを見ながら、わたしに話しかけてくる。

「でもさーアキ、ああいう、だらしない服装がかっこいいのかねー。しかも友達とお揃いっていうのが」

 子供たちの衣装を見ると、だぶだぶのTシャツにハーフパンツ。上下とも真っ黒で、胸に赤いワンポイト。

「いまどきの日本の子供って、横並びなのがいいんじゃない、振り付けも衣装もみんなで揃えるのが」

 ブラジルのカーニバルでは、パシスタはひとりひとりが個性を出しながらソロで踊るのが基本。衣装の色やデザインも、自分の体形や肌の色を考えながら選ぶ。だから、他の人と同じになることはまずない。

「だからサンバチームには子供が入ってこないのかなー」

 夫が言いたいのは、前にキッズサンバというダンスグループを作ろうと募集したんだけど、結局、頓挫してしまったのだ。だけど、

「ユージ、ナーナーのこと忘れてるよ」

 すぐ横でナーナーが一緒にステージを見ている。彼女は大きなイベントの時には、子供ながらきちんとビキニを着て参加してくれる。

「これは失礼。未来の大スターを忘れるなんて」

 夫はちょっと照れながらナーナーの頭をなでる。

「ナーナーはサンバが好きだよねー」と、わたしがわかりきった質問をすると、

「うん、いずみちゃんもジャーニースもいるし」と、笑いながら答えてくれた。

 
 発表会のステージは、その後、中学生のグループが出て、最後は小学生を最前列に全員で踊って締めくくられた。キメのポーズを作る時、小学生8人が「美・ら・海・を・大・切・に・!」と、ひと文字づつ書かれたプラカードを頭上に掲げた。観客からは大きな拍手が送られた。

 その拍手が落ち着いたころ、わたしは舞台袖にいる健司さんにあいさつに行くことにした。すると彼もわたしを見つけてくれてたようで、こちらに近づいて来てくれる。

「アキさん。ご無沙汰してます。通りでも全然会わないですねー」

 横にはめぐみさんもいっしょだ。東江めぐみさんはダンス教室の事務のかたわら、講師もしている。彼女とは初対面のはずだと思い、夫に紹介すると、

「確かめぐみさん、去年、泡瀬でお会いしましたよね、干潟監察会の時」

「ああ、そうですね、来てらっしゃいましたよね、そちらのお子さんと。勇魚君でしたっけ」

「いやー、よく覚えてますね」

「いいお名前だなと思って、クジラですよね」

 そういえば去年のいま頃、夫と息子は、沖縄市の東岸に広がる泡瀬干潟の自然観察会に参加していた。「泡瀬の干潟を守る会」という、干潟の埋め立て工事に反対する団体が主催するものだったけど、めぐみさんはその団体のお手伝いをしているそうだ。

「11月のお祭りで、今年から沖縄サンバカーニバルを開催しますので、是非とも協力してくださいね」

 お互いバタバタしていたので、わたしたちはそれをあいさつ代わりに、その場を立ち去ることにした。

 お店に戻る道すがら、夫は何か引っかかったのか「あのふたりつき合ってるの」と聞いてきた。そうみたいよと答えると、

「だから、最後にとってつけたように、美ら海を大切にってプラカード上げたんだ」

「よかったんじゃない、美ら海水族館もできたんだし」

「そうじゃなくて、ほんとは『泡瀬干潟を守ろう』にしたかったに決まってるじゃん」

 この時わたしは、夫の言ってることを聞き流していた。

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
泡瀬干潟

 わたしたちのステージは午後3時から。今回開催するサンバクィーン・コンテストの出場者はわたしを含め4人。だけど前にも話した通り、わたしとジャニースは過去に選ばれたことがあるので、実際はリサちゃんといずみちゃんの一騎打ち。もっと言えば、チームに入ってきた順番で、今年はリサちゃんで、来年はいずみちゃんという暗黙の了解もできている。

 それでも一応は、審査員を用意することにした。幸江さんがドリームショップグランプリ事務局代表という肩書で、照屋楽器の林栄さんにもお店で飲んでいるときにお願いした。そして通り会会長の比屋根さんにも。

 比屋根勇信会長は、50代ですでに白髪。今日の服装はかりゆしウエアだけど、いつもはスーツを着込んでいるので、ちょっといかつい印象がある。それでも「今日はよろしくお願いします」とあいさつにいくと、

「悪いねー、最近、飲みに行けなくて。今度、女房を連れて行くよー」 

 と、話せば人懐っこい感じもする。

 地元で不動産会社を経営していて、この通りにも何軒か賃貸用の店舗を所有しているそうだ。ちなみにダンススタジオ・ケンの健司君のお父さんでもある。

 ステージ開始15分前になると、バテリアは打楽器類をステージ横に置いて用意をしだす。すでに緑のアロハシャツに白ズボン、そして青い線の入ったパナマ帽という出で立ちだ。

 ダンサーはというと、さすがにお店からステージまでビキニ姿では移動できないので、ステージそばの通り会の倉庫で着替えることにした。もちろん、わたしたち3人は着替え終わっている。ジャニースは白いビキニ。いずみちゃんはオレンジ。わたしは緑。そしてあとひとり、そう、リサちゃんがまだ来ていないのだ。

「どうしたんですかねー」と、いずみちゃん。

「ほんと何やってんだろうねー。今朝、電話もらって、来るって言ってたから大丈夫だとは思うけど。でもね、いずみちゃん、来なかったらあなたがクィーンだから頑張ってね」

「まあ、待っててあげましょうよ。ちゃんと来ると思いますよ。携帯かけてみましょうか」

 いずみちゃんはこういうときは、いつも冷静なのだ。

「携帯通じないのよ、それに、あの子いつも遅刻ばっかだから、いい加減わからせないと」

「アキさん、多少遅れたって、お祭りなんだから怒る人なんていませんよ、そう焦らないでください」

 すると、ダンサーと一緒にこの倉庫を控室にしている尚ちゃんが、

「お店にいるんじゃないですかー、わたしー、見てきましょうねー」

「お願いできる」と頼むと、すぐお店に向かって走って行った。

 そして午後3時。ジャイミがヘピーキで合図を出すと、バトゥカーダと呼ばれる打楽器だけの演奏で、まずはオープニング。この前入ったばかりの悠仁はすでにスルドを叩いている。ユキちゃんは早くダンサーにしたいんだけど、さすがに間に合わなかったので、勇魚と一緒にショカーリョを。ナーナーもその隣にいる。

 バトゥカーダが終わると、夫があいさつに立った。ほんとは尚ちゃんの司会で始めるはずだったけどしょうがない。

「ドリームショップ1号店としてアベニューに温かく迎えられて4年がたちます。今年は11月の国際カーニバルで、初めて沖縄サンバカーニバルを開催することになりました。皆さんのご協力、どうぞよろしくお願いします」

 すると、すぐ横の審査員席にいる幸江さんが、

「ユージさん、あんた、固いかたい。ここはアベニューだよ。サンバだ!  まつりだ! イェーでいいよー」

 観衆からはくすくすと笑い声が広がる。その様子を、倉庫の入り口から見ていると、第1班の方から尚ちゃんとリサちゃんが走ってくるのが見えた。

 すでにリサちゃんは真っ赤なビキニ姿だ。サンバシューズを手に提げているから、裸足で走ってるんだろう。大きな羽根飾りは尚ちゃんが両手で抱えている。遊歩道を歩いている人たちは、追い越されるたび、驚いたような顔で彼女たちの後姿に目をやっている。

「すみませーん、はー、遅れましたー、はー」と、リサちゃん。もちろん、かなり息が上がっている様子。

「何やってたの、もー、ほんと心配させないでちょうだいよー」

 わたしは言葉尻をわざと強くしてそう言った。だって、昨夜から迷惑かけすぎじゃない。

「すみません、はー、集合、お店だと思ったら開いてなくて、はー、でもBCスポーツのおじさんに頼んで、試着室で着替えさせてもらいましたー」

「もー、おっちょこちょいなんだから。あと、商店街ではパレオぐらい羽織りなさい」

「すみません、はー、持ってませんでしたー」

「それと携帯は」

「すみません、バッテリー切れでー」

「もー、すみませんばっかりじゃない。でも、いいわ、とりあえず間に合って」

 そして何事もなかったように尚ちゃんがステージに上がり、司会を務める。

「はいたーい、みなさーん。わたしー、ちょっと太めさんですけどー、ははは、今日はいっぺー美らかーぎーが出場しますよー、応援よろしくお願いしますねー」

 こういうしゃべりは、さすがに夫にはできないなー。尚ちゃんのしゃべり方はなんだか温かい。ただし、ジャイミには意味がよくわからなかったんだろうね。「ウェルカム・トゥー・アワー・サンバ・ショー」とだけ訳したので、わたしはさっきまでのいらいらをよそに、思わず笑ってしまった。

 さて、結果から言えばリサちゃんがもちろん優勝。でも、インチキで勝ったわけではなく、これはきちんと審査員から出された評価。やはり彼女のバネの効いたステップはいずみちゃんのより随分魅力的だった。それと、何より彼女はコザ小、コザ中、コザ高と生粋の地元育ちなので、かなりの数の知り合いが見に来てくれたようだ。彼女が出場する番のときだけ、

「リーサー、ガンバレー!」

 男女問わず大きな声援と拍手が起こり、コンテストを盛り上げてくれたのだ。

 そして表彰式となり、司会の尚ちゃんからひと言お願いしますとマイクを差し出されたリサちゃん。

「えっと、あたし、ずっとこの街で育ってきたから、アベニューを元気にしたいんです。みなさん、北谷なんかに行かず、コザで遊んでくださいねー」

 すると通り会の関係者からも「リサちゃん、いいぞー!」

 こういったリサちゃんの、なんだか人懐っこいところがうけるんだろうね、遅刻してきたくせに、全部彼女に持っていかれてしまったなー。


 ところで、最後にダンサー4人がステージに並んで審査発表を待っているとき、わたしは誰が見に来てくれたのかなと観衆の顔を確かめていた。ジャニースの夫、ベンジャミンはもちろんベビーカーと並んでステージ近くにいた。1回しか会ったことがないけどリサちゃんの彼氏、トーニオも遠巻きに見ている。お店によく来るお客さんも何人かいた。

 そうするうち、わたしに手を振る女の子がいた。フィリピン人のミラだった。周りには同僚と思われる女の子が4、5人。キャミソールに短パン、足元はビーサンと、みんな同じ格好なのはどうしてだろう。わたしが後で会いましょうという意味で、ついブラジル式に人差し指をくるくる回して見せたけど、当然伝わらず、彼女はバイバイと手を振り行ってしまった。だけどよかった、見に来てくれたんだ。

 ステージは予定通り30分で終わり、先輩の案野さんが「うーりゃー、喜べ、朝から波が高かったから来てやったぞ」と、最後に集合写真を撮ってくれた。今日はダイビングの船が出せなかったようだ。

「ステージ見てたけど、まあよかったんじゃないか。夏のシーズンが終わったら、また歌ってやるから呼んでな」

「はい、先輩、是非とも」

 そうなのだ、いまのところ沖縄サンバカーニバル当日は、先輩にボーカルをお願いしようと夫と話し合っている。


 やがて後片付けをすますと、お店で反省会をしようということに。反省会といっても、もちろん飲み会だけど。

「べつに店のもの注文しなくていいから、みんなビールでもおつまみでも何でも買ってきておいでー」

 そういう夫も、近くの売店で買った発泡酒をすでに飲んでいる。卓は土地勘のない悠仁とユキちゃんを気にかけてか、ふたりに近くの売店を案内しに行った。ムーネーとジャイミはブラジルビールが飲みたいとそれぞれ頼んでくれたので、割引価格にしてあげた。

 そんな中、リサちゃんは、すぐに行かなくてはと言ってきた。

「すみません、夜まで、またナーナーお願いできませんか。9時には迎えに来ます」

 店の入り口には、トーニオが立って待ってる。リサちゃんはその彼氏が抱えた大きな紙袋を受け取ると、

「これ、たいしたものじゃないですけど、昨日からのお礼です」

 と、わたしに押しつけるように渡してきた。そして「すぐに迎えに来るからね」と言い聞かせながら、そばにいたナーナーをぎゅっと抱きしめると、すぐに彼氏とお店を出て行った。

「リーサー、あれ、どうなんですかねー。ナーナー、大丈夫ですかねー」尚ちゃんはちょっと呆れている様子。

「まあ、いつものことよ、それより何が入っているか見てみようか」

 ふたりで紙袋の中身を確かめると蛍光色のキャンディーやマシュマロなどがどっさり。見慣れない英語のパッケージだから、基地のPX(売店)で買ってきたんだろうね。ナーナーと勇魚に食べさせてということかな。それとは別に、四角い紙箱も。

「アキさん、これ、シナボンのシナモンケーキ。最近、人気みたいですよ。大きいから切って食べましょう」

 尚ちゃんは、まだ、みんなで食べようとは言ってないのに、もう食べる気満々だ。だから太っちゃうよの。

 結局、3個入っていたシナモンケーキを、そこにいた人数分に切り分けて食べると、男性陣は甘すぎるーと苦戦してたけど、女性陣には「シナモンの味が絶妙なんですよねー」。

 なんやかんやで、すでに帰ってしまったリサちゃんの株がまた上がることとなった。うーん、なんだかなー。


 それと、この日はちょっとお酒の入ったムーネーが、卓をずい分いじくった。

「アキさん、今日、花城婦警来てたの見ましたかー」

 確かに、彼女がアベニューを歩いているところは見かけた。あえてこちらから挨拶はしなかったけど、騒音の苦情がまたきて、駆り出されたのかなーなんて思ってはいた。

「でも今回うちは関係ないよね、通りのお祭りだもん」

「それなのに、わざわざゴリから話しかけに行ったみたいですよー」

「はー、何言ってんですかー、挨拶ぐらいしますよー、同じ高校やしー」

 卓は顔を赤らめると、椅子から立ち上がる。

「なんか、ゴリ、でーじ楽しそうやったさーねー」ムーネーもここぞと立ち上がる。

「このバカたれがー、なに言ってるー」

 そういうことか。ただし前々からわたしも夫も、そのことには気が付いていた。


 沖縄サンバカーニバルまで、あと99日。




 第9話に続く 


第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
2004年発売開始のオリオン麦職人

第8話 7月31日(土) 中央パークアベニュー
キャンプ・フォスターにあるシナボンシナモンロール




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです