小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第14話 9月1日(水) ウークイ

 今年の沖縄のお盆は8月30日が初日のウンケーで、9月1日が3日目のウークイ。先祖の霊を再びあの世に送り出すウークイの日には、県内の多くの小中学校はお休みだけど、沖縄市では半日授業にしかならない。もっとも、今日は2学期の始業式だけど。

 ただし、夜間保育園は休みになるので、息子は、店の倉庫の中に布団を敷いて寝かせることになる。まあ、日曜や祝日にはそうしているんだけどね。

 ところで毎年お盆に思うことは、わたしたち沖縄に親戚がいない者にとって、特にウークイはほんとやることがない。スーパーに行けば店先にお盆コーナーが作られて、重箱料理や果物、ウチカビというあの世のお金なんかが並ぶんだけど、わたしがそれを買うこともなければ、手にすることすらない。

 会社も休みのところが多く、みんな親戚の集まりに出かけるので、街を歩いていても人通りがめっきり少なく感じる。先日の夏の甲子園の時にも、中部商の試合になると通りから見事に人が消えたけれど、例えばお隣のBCスポーツを覗けば、必ず誰かがテレビを見ながら応援している。だけど、今日はBCスポーツもお休み。

 他人の親戚の集まりに行って料理にありつくわけにもいかないので、わたしたち家族3人、世の中からぽつんと取り残されてしまうのだ。


 そんな日の夕方、リサちゃんがお店にやってきた。夜までナーナーを預かる約束になっていたのだ。リサちゃんの家では、最近はお盆の集まりをすることもなくなったので、出かけるんだという。中の町のお店も、さすがに今日はお休みだそうだ。

「で、誰とどこに行くの?」と聞くと、

「キャンプ・フォスターの中で買いたい物があるんで、トーニオの仕事が終わったら連れて行ってもらうんです。なるべく早く戻ってきますので、いい、ナーナー、いい子にしてるのよ」

 そう言うとリサちゃんはナーナーにお菓子と飲み物の入った袋を持たせる。ナーナーはお店の勝手をよく知っているので、すぐに息子のいる倉庫に入っていった。

 その倉庫には最近、息子用にと買った中古のテレビとビデオデッキがある。というのも、サッカーのワールドカップを機に契約したスカパーには、IPCというブラジル人向けのチャンネルがあり、そのアニメ番組を録画して見せているのだ。もちろんポルトガル語の勉強に。ナーナーも言葉がわからないのに面白いと言って一緒によく見てるけど、子供には柔軟性があるなーと思う。

「夕飯はちゃんと食べさせるから、ちょっと遅くてもいいよ」

「いつもすみません。アキさんにも何か買ってきますね」

 なんやかんややりあっても、リサちゃんがわたしを頼りにしてくれるのはまんざらでもない。もっとも、うちがお盆をしないと知っているからだろうけど。それでまた、PXでしか買えないスィーツに騙されちゃうんだろうな。

 わたしたち夫婦も今日は開店休業だろうと、カウンターのテレビで夕方のニュースを見ることにした。これまでの報道通り、週末に大型の台風18号が本島を直撃するらしい。

「前からニュースで言ってたように、全島エイサー、台風で今年は延期になったみたいだね。もちろんビアフェスも」

 毎年、コザ運動公園の屋外で同時開催される全島エイサーまつりとオリオンビアフェストの日には、最後に花火が打ち上げられると、ほろ酔いの見物客がどっと空港通りやアベニューに押しかけてくるのだ。だから夫は日程を気にしている。

 それに、ビアフェスにはディアマンテスとカチンバ1551という、県内のラテン系のバンドがふた組も出るので、いつかサンバチームも呼んでもらえないかと思いを巡らせているようだ。もちろん、もっともっと練習をしなくてはだめだけどね。

 そんな話をしていると、思いかけずお客さんが入ってきた。見ると、たしか泉井(いずい)さんといって、去年、全島エイサーの写真を撮った帰りに、たまたまうちのお店に寄ってくれた方だ。京都に住んでいて、全国各地のお祭りの写真を撮るのが趣味だと言っていた。50代くらいの男性で、カメラマンベストにカメラバッグを提げているので間違いない。

「いやー、お久しぶりですね泉井さん。なんか週末、台風来るみたいですよ」

 わたしがそう言いながらメニューを差し出すと、

「そうみたいだねー、でも、今年は道ジュネーを撮ろうと思って」

 まだ誰もいないカウンター席に、よっこらしょと腰を落ち着けた。カメラバッグが腰にきているのかな。

 道ジュネーとは、ウークイの夜にエイサーの一団が家々を回って、先祖の霊を送り出す巡礼の行列。胡屋青年会は胡屋地区を、園田青年会は園田地区をと、それぞれの受け持つ地域の家々を回る。軽自動車がぎりぎり通れるような薄暗い裏道を進むことも多く、見る人にはそれに郷愁が感じられていいらしい。

 一方、全島エイサーまつりはというと、照明が煌々とたかれた運動場で、沖縄市内外の青年会が決められた持ち時間を使って次々と演舞する、いわゆる大会形式をとっている。日程もウークイとは必ずずれるようにしているので、お盆の行事というよりは、きちんと企画されたエンターテイメントといえるかな。エイサーに郷愁を求める人には、あまりにも華麗すぎるかもしれない。もちろん誉め言葉も含めてだけど。わたしはどちらも好きだけど、どちらかといえば道ジュネーの方が好きだ。

「ブラジルでもサンバチームは道ジュネーと同じことをしてたんですよ。警察の許可なんか取らないで、勝手に公道をパレードするんです。車が来ようと関係なしに。でも、最近は都市部だと交通や騒音の苦情が出るので、専用のパレード会場でしかできなくなったり、公道でするにしても、その期間だけ封鎖してやるようになってきましたね」

 わたしが住んでいたサンパウロでは、どんどんそうなってきていた。

「ぼくらがよくテレビで見るリオのカーニバルは、確かに大きな会場でやってるけど、そういうことですか」

「それが商業的すぎるって、悪く言う人が結構いますよ、お金かけすぎだって。だからあえてパレード会場には出ないチームもありますし」

 先日のラジオ番組で紹介したリオのキロンボというチームもそうだったのだ。さすがにキロンボ、「逃亡奴隷の集落」と名乗っただけあって、いろんな束縛を嫌がったようだ。

第14話 9月1日(水) ウークイ
うちかび

第14話 9月1日(水) ウークイ
全島エイサーまつりポスター

 やがて7時を回ると、簡単に食事を済ませた泉井さんは、そろそろ道ジュネーの写真を撮りに行くという。折角なのでご一緒してもいいですかと、ふたりの子供を連れて出かけることにした。今日は夫ひとりでもお店は何とかなるはず。

 店の扉を開けると、気が付かないうちに風が出てきたようだ。そして、

 ドン ドン ドン ドン

 すでにエイサーの太鼓が、ネオンサインに照らされた夜空の向こうから聞こえてきた。

「アキさん、始まってますねー」

 うちのお店のある中央から国道を挟んで東側は胡屋といい、その胡屋青年会のエイサーには定評がある。その太鼓の音が聞こえてくるのだろう、たぶん息子が通う諸見小学校の方角からだ。

「泉井さん、わたしが案内しますね」

 はっきりした場所はもちろんわからないけど、近くまで行けば出くわすんじゃないかなと、とりあえず国道の信号を渡った。

「ところでアキさん、前も聞いたかもしれないけど、なんでサンバ始めたの」

 泉井さんのカメラバックからは、歩くたびにきしむ音がする。

「わたし大学でダンス部にも入ってたんですけど、いろんなダンスを試した中で、サンバが一番自分にあってる気がしたんです。なんていうんですかね、ひとりで踊れるところですかね」

 ナーナーは勇魚の手をとって、ちゃんと後ろをついてきている。いつも通り、お姉さんの顔つきだ。

「へー、サンバって、みんなで踊るもんかと思ってましたけど」

「そのー、もちろん、みんなで踊るんですけど、それぞれが個性を出さないとつまんないというか」

「あーなんとなくわかります、自分のことをきちんと主張しないとバカにされるって感じですか、欧米的な」

「いろんな人種がいる国なんで、そもそも考えを合わせようというのが無理な話なんです。ならば、それぞれの個性を認めようってことなんじゃないですかねー」

 そうこう歩いているうちに、だいぶ太鼓の音が大きくなってきた。三線の音もはっきり聞こえてくる。胡屋青年会の道ジュネーは諸見小からくすの木通りに向かって進んでいるようだ。この辺りは区画整理がされていないので、道幅が狭く、沖縄の風景であるブロック塀と鉄柵に挟まれて、迷路のようにくねくねと曲がっている。

「オジさーん、ここー、おれの通学路」

 息子はいつもと違う時間に通るのでうれしいようだ。でも「あんた、うるさいっ」と、ナーナーに叱られている。ホント姉弟みたいだね。

 ようやく角を曲がったところで、手踊りのピンクの着物姿が夜道にパッと現れた。2列になって進みながら踊っている。地謡(じがた)や太鼓(てーく)打ちも含めて、総勢50名ほどだろうか。太鼓打ちのお揃いの紫の頭巾(さーじ)と打掛(うちかけ)が凛々しい。

 すると、ちょうど立ち止まっての演舞が始まった。三線が始まると、少し遅れて太鼓が弾けだす。どこからか指笛が聞こえてくる。そして掛け声。

 イヤササー ハーイーヤー ナーティーチェー

 わたしたちは後ろから見ているので、最後列の手踊りの掛け声が真正面から響いてくる。泉井さんはちょっと写真を撮ってきますねと、先頭の方へ進んでいった。エイサーを見るとき、子供をちょろちょろさせると、太鼓のばちが当たってけがをすると怒られる。わたしたちはこのまま動かないことにした。

 手踊りの女の子たちは、わたしの娘でもおかしくない年齢だろう。エイサーの着物は袖も裾も丈が短いので、そこから延びる手足がみずみずしい。ピンと伸ばされたつま先が一斉にしなると、すぐにグーの手で空(くう)をかき混ぜる。太鼓に合わせ途切れぬ足踏み、澄み通った掛け声。その子たちがいま、目の前で踊っている。いい、実にいい。

 さっき、泉井さんにサンバはひとりで踊るのがいいと言ったけど、手踊りのようにみんなで合わせて踊るのも、ほんとに素晴らしい。というか、これってみんな仲間だからできることなんだろうなー。

 息子とナーナーはというと、お目当てのお兄ちゃんお姉ちゃんを見つけて、その真似をしている。高校生になったら、サンバもいいけどエイサーもやらせてみたい。ただ、ブラジルで生まれた息子、そして褐色の肌のナーナーの、その子にしかない個性もきちんと伸ばしてあげたいと、改めて思う。

 2曲ほどが終わると、泉井さんが戻ってきた。

「いい写真が撮れましたよ、故郷っていうか、温もりというか。いいですね、道ジュネー」

「わたしもです。住んでるとエイサーが当たり前になっちゃって、道ジュネーまで見ようと思わなくなってたんで、ついて来てよかったです」

 子供たちも飽きていないようなので、もう少し見ようと道ジュネーの後ろをついていくことにした。進む方向としては店に近づいて行く感じだ。携帯になにもかかってこないので、店の方は大丈夫だろう。

「そういえば、エイサーの人たち、サンバチームを手伝ってくれたりしないんですか」

 泉井さんのカメラバックがまたキュッキュ、キュッキュと鳴っている。それがエイサーの太鼓と合うことがあるので面白い。

「いえいえ、そんなに簡単な話ではないんですよ」

 すでに沖縄市の青年会の親分格の人に、一度頼んでみたことがある。もちろん、やんわりと断られた。そういうもんじゃないですと。

「やっぱりエイサーってがちがちの体育会ってことですかね、で、サンバは邪道みたいな」

「いや、そんなんじゃなくて、エイサーの人たち、うちの店を気にしてよく飲みに来てくれるんです。それに、今年から始めるサンバカーニバルで山車を作る予定なんですけど、太鼓を叩かない代わりにそれを押してあげるよって」

 夫が山車についていろいろ沖縄警察署に問い合わせてみたところ、人を荷台に乗せるならトラックのエンジンは絶対にかけてはダメと言われていた。

「大きいんですか、その山車って」

「トラック2台出すんですけど、押す人、ハンドル切る人で10人ずつ20人は必要ですかねー」

「へー、それをエイサーの人たちがやってくれるんですか。なんかコザらしい、いい話ですね」

 道ジュネーの隊列は、くすの木通りを渡り、飲食店が集まる豊年満作通りを横切って、やがてアベニュー入り口の胡屋北交差点まで辿りついた。ここは胡屋地区の一番北にあたる場所で、お店とは目と鼻の先でもある。ここで折り返し、路地を南下して園田(そんだ)方面に向かうのだろう。

 ちょっとした給水タイムののち、再びその場に留まっての演舞が始まった。お盆の親族会を終えた付近の住人らがぞろぞろと集まってくる。三線の音が始まる、少し遅れて太鼓が弾けだす。指笛がピューピューと夜空にこだまする。そして掛け声

 イヤササー ハーイーヤー ナーティーチェー

 泉井さんは、再び写真を撮るんだとまた前の方へ行ってしまった。わたしたちも今度は太鼓も見たいので、手踊りと太鼓の境い目辺りにいることにした。

「おい、いたいた、近くまで来たなー」

 店の中にまで太鼓の音が聞こえてきたと、夫が見に来ていた。横には常連の倉敷さん。

「ぼくも単身赴任だから、行くとこなくてユージさんと飲んでたんですよ。ラッキーですよ、こんなそばでエイサー見れるなんて。あっ風、強くなってきましたねー」

 そういえば、時折強く風が吹くようになってきていた。息子が夫に寄り添ったので、わたしはナーナーの手をつないだ。 

 ドン ドン ドン ドン ドン ドンドンドン

 やがて2曲目が唐船(とうしん)ドーイになった。よく祭りのフィナーレに使われる早弾きの演目だ。すると指笛がさらに鳴り響き、演舞する青年会だけでなく、見ている人も体を動かし始める。その全員が叫ぶように、

 ハイヤ センスル ユイヤナ イヤッサッサッサッサ

(そういえばこの曲、夢の中で聴いたなー、石川の収容所で。あれからもう2か月も経つのか。その間にほんといろんなことがあったもんだ)

 そんな思いに浸ってると、エイサーの列の向こう側からこっちに手を振る人影があった。リサちゃんだった。隣にはトーニオもいる。街灯のちょうど下にいるので、そこだけ浮かび上がって見える。それを見つけたナーナーが、エイサーの隊列を気にせず、駆け寄ろうとしたのできつく手をつないだ。

(ほらー、アキさんに怒られたー)

 リサちゃんの笑い顔がそう言っていた。ナーナーも「えへへ」と笑った。手踊りのお姉さんが、(ほら、いまなら行っていいよ)と合図してくれたので、わたしはナーナーの手を離した。ナーナーはすぐに駆け出し、しゃがんだリサちゃんの胸に飛び込んでいった。夜道の街灯に今度は三人が浮かび上がって見えた。

 ドン ドン ドン ドン ドン ドンドンドン

 リサちゃんは右手の親指と小指を使って(あとで電話します)。そして両手を合わせて(今日はありがとうございました)

 やがて、ナーナーを真ん中にして3人は見物客の人ごみに紛れて見えなくなっていった。

 ハイヤ センスル ユイヤナ イヤッサッサッサッサ

(リサちゃん、頑張れー。幸せ掴むんだよー!)

 わたしはエイサーの太鼓に乗せて、心の中でエールを送っていた。

 でも、しまった、お土産のスィーツ、もらいそこねたー。


 沖縄サンバカーニバルまで、あと67日。




 第15話に続く




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです