小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第6話  7月29日(木) カーニバル開催決定

 

 

 開店の準備をしている午後5時少し前。お店のドアが勢い良く開くと、幸江さんが入ってきた。したり顔でカウンターの前まで大股で歩いてくると、座りもせずに両手をドンとついて、

「アキさん、決定! 決定よ! 沖縄サンバカーニバル、ゴーサインが出た!」

 大城幸江さんは、アベニューの通り会の事務員をするかたわら、2000年から現在も続いているドリームショップ・グランプの事務局の仕事もしている方だ。

「日曜日の夜六時以降の時間帯、持ち時間は30分、場所は空港通り全面、盛り上がったら来年も開催、でも、だめだった今年限り」

「ほんとですか、やりましたねー、ありがとうございます」

「ユージさんも聞いてるー」

「聞いてましたー、ありがとうございます」

 仕込みの最中の夫は、それでも厨房から顔を出すと、菜箸片手におおげさに一礼してみせた。

 今日の午後、11月の沖縄国際カーニバルについての公聴会が市役所であって、各商店街の関係者が呼ばれたそうだ。その中で、サンバチームとしてではなく、中央パークアベニュー通り会としてイベントをする時間と場所を確保したという。

「予算もとれた、準備費用として20万円よ」

「えっ、そんなにもらえたんですか」

「なに言ってんのよー、20万円なんて大したことないさー。民謡の団体とか婦人部とか、もっともらってるはずよー。婦人部なんて大パレードのあと、リマレストランでステーキ食べるのが毎年恒例だって」

「へー、婦人部って結構お年寄りですよねー、おばーたちがステーキで打ち上げですかー」

「驚くのそっち、沖縄だから当たり前じゃない。お金のこと言ってるの。婦人部でも20万以上はもらってるってこと。まあ着物の着付けなんかにお金がかかるんだろうけどねー」

 予算もうれしかったけど、リマレストランも気になる。中の町にあって確か1960年の創業だったから、言われてみれば年配の方には懐かしの味なんだろうな。

「決まったら決まったで、アベニューの通り会の店主に協力するように言うから。会長の比屋根さんもすごいノリ気よ。そうそう、今度、店主集めてミーティングしようね、あんた議長よ」

「議長はまだ無理ですよー、話したこともない店主もいますしー」

「それと、あんた前に言ってたじゃない、カーニバルにはテーマが必要なんでしょ。そのテーマ、ミーティングまでに決めといてね」

 そうなのだ。早くテーマを決めなくてはなのだ。サンバチーム内で話し合いを重ねているものの、何にしようかとかなりもたついている。

「あと、いいことに気が付いたの。カーニバル当日の11月7日まで、ちょうど明日が100日前なの、日めくり作ったら面白いんじゃないかな」

「え、そうなんですか、えっとー、ほんとだ、100日前ですね。作ります、日めくり」

 幸江さんは、うちの夫と同い年というから30半ば過ぎ。美人な顔つきだとは思うけど、肌の張りを気にしてか少し化粧が濃い。それで、初対面の時、気が強そうな人だと思ったけど、実際、気は強い、ははは。でもこれは悪口でなく、頼りがいがあるという意味で。

 初対面というのは、4年前、うちのお店がコンテストで優勝した時。その時に表彰状を手渡してくれたのが彼女だった。

第6話  7月29日(木) カーニバル開催決定
沖縄国際カーニバル2003のパンフレット

 その表彰状には「Dサイン証」と書かれていた。DはドリームショップのD。米軍からAサインバーなどに公布された営業許可書「Aサイン証」をそっくりまねたのだそうだ。

「ちゃんと壁にかけてくれてるよねー、Dサイン証」

「もちろんですよ。いまだに『このお店、ドリームショップか、頑張れ!』って来てくれるお客さんがいますし」

「でも、よく続けてくれたよ、4年も。選んどいていうのもなんだけどさー、誰も4年も続くと思ってなかったからさー」

「最初の頃は、幸江さん、毎日飲みに来てくれましたっけ」

「いやー、地元の人はこの街で何やってもだめだって知ってるのに、何にも知らないナイチャーを、ごめん、内地の人を呼んじゃったなって、あたしはちょっと申し訳なかったから、懺悔の気持ちで来てたんだよ」

 幸江さんも時々、ナイチャーという言葉を使う。もちろん悪意がないことは知っているので、別に謝らなくてもいいのに。

「いやー、そう言われちゃうとこっちも申し訳ないです。わたしだって最初の1年で、すぐにやめようと思ってましたから」

「ほんとのこと言うと、やめてもよかったんだよー」

 幸江さんの話では、地域活性化事業の予算はウン千万円あって、ドリームショップグランプリの賞金や1年間の家賃補助など、そのほんの一部にすぎないという。

「ああいう企画すると、マスコミが取材してくれるから注目されるじゃない。どういうのかな、客寄せパンダ?」

「お飾りでいいんじゃないですか、はは。客寄せパンダはなんかやです。でも内地の人間からすると、沖縄でお店やるのって夢だったりするんで、お飾りでも構わなかったですよ」

「そう言ってもらえると助かるけどね。ところでナイチャー、ナイチャーって絡んでくるお客さん、まだいるでしょ」

「そうですねー、わたしにはないですけど夫にはありますねー、年配の男性から。島を出て行けとまでは言われませんけど、ナイチャーがいい気になるなよくらいのことは。まあ気にしないことにしてますけど」

季節労働なんかで内地に行ったときに、ヤマトの人ははっきり物事言うでしょ。だから意地悪されたと恨みに思ってるんだろうけど、まあ、我慢してやってね」

 はいはい、大丈夫ですよ。もう4年も沖縄で商売してますので。


 やがて6時になったので、入り口の表示をOPENに変える。だけど遊歩道を歩いている人はほとんどいない。まあ木曜日はいつもこんなもんだけど。

「お客さん誰も来ないねー」幸江さんもお店のガラス越しに、人影を探してくれている。

「いいですよ、今月は独立記念日もあったし、今週末はペイ・デイですから、いっぱい稼ぎますよー」

「ペイ・デイ言うようになったら、もうウチナンチューだねー。いやクザンチュかー」

 クザンチュとはコザの人。コザで商売をしていると、何かしら米軍の行事には合わせた方がいい。ペイ・デイもそうだけど、アメリカの祝祭日は知らなくちゃだめだし、家のベランダから太平洋を見渡して勝連半島に大きな艦船が入ってたら、仕込みはたくさんした方がいい。その際、1ドル札のお釣りの用意も。これらはクザンチュの「あるある」なのだ。その一方で、

「最近、近くの中城湾の港に大型客船が入ってくるようになったじゃないですか。その船の従業員にブラジル人が何人もいて、船が寄るたびに来てくれるんですよ」

「ふーん、時代も変わったもんだねー、軍艦じゃなくてフェリーも金になるんだ」

 いやいや幸江さん、それが普通の世の中ってもんです。

 そうするうちに、ふたり組がお店に入ってきた。白人系のアメリカ人とフィリピンの若い女の子のカップルだ。このカップル、確か来るのは2回目だ。女の子はミラといったはず。わたしがボホール島でダイビングしたことがあると話すと、そこはお母さんの実家の島だと盛り上がった。この通りにはベトナム戦争時代から続くフィリピン・パブが3軒あって、たまにそこの女の子がこうしてお店に来てくれる。

「じゃあ、あたしは行くよー、頑張って、がっぽりもうけるんだよー。あっ、それと土曜日のイベントよろしくねー」

 土曜日の通り会の夏祭りも幸江さんが担当している、それにしても嵐のようにして来て、嵐のように帰っていったなー。

 カップルの客は窓際のテーブル席に座り、前回も頼んでくれたガラナをそれぞれ注文すると、早口で話し始めた。女の子の英語はおぼつかないけど、彼の言っていることはわかるのだろう。ただし、ノーという返事ばかり。今日はあまり構わない方がいいようだ。

 さて、と考える。そうか、念願だった沖縄サンバカーニバルが開催できることになったんだ。まあ、いつかはできるとは思ってたけど。夫は予算が付いたら山車を作りたいと言ってたから、作らせてあげよう。倉敷さんに手伝ってもらったらいい。彼は土木の人だから作業はお手の物だろう。

 ただ、その一方で気の重いこともある。人集めをどうするか、またテーマを何にするか。

 人集めについては、去年は大パレードに50名で参加したものの、今年は単独のイベントになるので最低でも100名は確保したい。ジャニースは基地内のブラジル人奥さんのネットワークを使うと言ってくれている。ジャイミは勤務する中学校のダンス部の生徒に声を掛けると言っていた。わたしにはそういう繋がりがないので、ひたすらお店に来たお客さんを誘おうとは思っている。うーん、それでも100人に届くだろうか。

 テーマについては沖縄にちなんだことにしようと、メンバーからはすでに「国道58号線(ごっぱち)」「アイスクリーム」などが出されている。わたしからは「マリンスポーツ」を出した。だけど、タイトルだけが上がっているだけで、どんな内容にするのかをきちんと話し合っていない。すぐにでもテーマ会議をしなくては。

 こういう時にいつも考えてしまう。わたしにできることって何だろう、わたしが沖縄で取り組みたいことって何だろう。もちろんいままで、サンバチームを立ち上げたり、イベントに参加したりと自分なりにやってきた。そうすることで、沖縄のことも少しずつだけどわかって来たつもりだ。うん、ここはもうひと踏ん張りだ。

 客席に目をやると男性の方がトイレに立った。その後姿を見送ると、わたしは水差しをもって、女性ひとりのテーブルに向かい英語で話しかけた。

「ねえねえ、ミラだったよね、あなたってダンス得意だったよね?」

「はい、踊るのは大好きです。仕事ですから」

「ねえ、今度お祭りでパレードするの。どお、参加してみない?」

 とりあえず土曜日に、この通りでイベントがあるから見に来てと誘うと、たぶん行けるかなと、にこっと笑ってくれた。




 第7話に続く 



第6話  7月29日(木) カーニバル開催決定
メキシカンハウス リマレストラン

第6話  7月29日(木) カーニバル開催決定
Aサイン証

 

※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです