小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第13話 8月15日(日) 缶から三線

 今日も遊歩道での練習会は4時に切り上げて、お店の客席を使ってテーマ会議を開いている。ただ、開始早々、夫から提案があった。

「まだ完成じゃないんだけど、『缶から三線』でだいたいの歌詞とメロディーを作ってきたんで、聞いてくれるかな」

 夫はそう言いながらメンバーに歌詞カードを配ると、スルドを片手に迷わず歌いだした。事前に話していたのか、ムーネーもすかさずカイシャを叩き出す。

ケン ヴァイ チ コンター
ア イストーリア ダ オキナワ(※1)
さあ 見つけに行こう
オ ペイシ キ ヒ ラ ボウ エウ(※2)
フェンスを越えよ 鼓動
       (繰り返し)

いくつもの星が 嵐に果てるとも
ほら ガジュマルの木陰 オルガンの響き
Cレーション食み 明日へと生きる
静かに明ける朝 浜吹く夏至南風(かーちばい)
焼け焦げた島に アカバナが開く 

人は倒れ 骨となり 珊瑚に戻るとも
壊れはしない 輝けるもの
肝(ちむ) 血(ちー) 太陽(てぃーだ) 天(てぃん)
                              (繰り返し)

缶から三線 奏でる屋嘉節
愛さと世の情け
規格家 薬きょうのランプ 子供の寝顔
ジュラルミンの髪飾(じーふぁ)と
櫛(さばち) テントカバーのシャツ
はにかむ乙女
パラシュートの花嫁衣裳
誓いの言葉は永久
戦さのない世界

我ら 艦砲ぬ
喰(くぇ)ーぬくさーの子
生きてるその奇跡 未来に捧げよ

※1 誰が沖縄の歴史を語るの
※2 オ・ペイシは彼方へと向かう


第13話 8月15日(日) 缶から三線
石川市(現うるま市石川)歴史民俗資料館

第13話 8月15日(日) 缶から三線
下段右 薬莢やコカ・コーラのビンで作られたランプ

第13話 8月15日(日) 缶から三線
下段 テントカバーのシャツ ジュラルミンの髪飾り(じーふぁ) 櫛(さばち) 缶から三線

 先週のミーティングでは「紅型」「国道58号線(ごっぱち)」「缶から三線」の3つの中から決めようってことだったけど、夫はすでに「缶から三線」で曲を作ってしまった。シロさんがカウンターで話してくれたコザの家具屋のたくましさの原点を、難民収容所で作られた缶から三線を通して歌にしたのだという。

 実はこのテーマがリサちゃんから出た2日後の土曜日、家族3人で石川市の歴史民俗資料館に行ってきた。ここには石川の難民収容所で実際に使われていた家財道具が展示されている。缶から三線はもちろん、コーラの空ビンで作られたコップ、砲弾の薬きょうをくり抜いて作られたランプ、加工しやすいジュラルミンで作られた髪飾(ジーファ)や櫛(サバチ)、テントのキャンバス生地で作られたシャツ。また規格家と呼ばれた、その当時の仮設住宅も復元されている。

「あそこ展示物がいっぱいあるから、それで、すぐに歌詞が浮かんできて、1週間でここまで作っちゃったんだよね」と、夫。先走って申し訳ないとも。続けて、

「今週は内地から知り合いのサンバ仲間が結構お店に来てくれて、テーマの話をしたら、『缶から三線』がいいんじゃないかって。ユキちゃんの『紅型』も好評だったけど、今回ヘリが落ちたばかりだったから、やっぱり戦後の話がタイムリーっていたら変だけど、やるべきって意見が多かったな。だから今年のテーマは『缶から三線』にして、『紅型』は来年にしたいんだけど」

 夫がここまで言ってしまうと誰も反対ができない。これまでにもステージやパレードのために、夫がオリジナル曲を作曲していた。そして、歌詞を書いてメロディーをつけることが、誰にでもできることではないことは、みんなわかっている。

「あー私は、来年でもいいですから『紅型』ができたらいいです。着付け教室やっている叔母がいるんで、誘えたら面白と思うんですよ。生徒さん呼んだりして」

 ユキちゃんからは反対意見はないようだ。

「それとゴリの『国道58号線(ごっぱち)』は、楽しそうだって意見もあったけど、観光客でも作れそうだとも。俺は個人的には好きだけどね。有名なサンバで『アクアレイラ・ブラジレイラ』って曲は、ブラジルの地方の特色を北から南まで順に歌うんだけど、それみたいになると面白いと思うよ」

「ユージさん、ありがとうございます。自分も詞を書いてみたいんで、いろんな曲聴いて勉強してみますね」

 卓も夫に譲ってくれたようだ。

「じゃあ、ちょっと強引だったけど、今年は『缶から三線』がテーマってことで決定させてもらうね。その上で、このテーマについて意見を聞かせてもらいたいんだけど」

 夫がそうまとめだすと、いくつか発言があった。

 まず、ポルトガル語の歌詞をアクセントとして入れることには、反対意見は出なかった。

「Jポップに英語の歌詞が入るのと同じですよね」と、尚ちゃん。ジャニースは「ワタシはその部分だけわかる」と母国語で話しながら笑っていた。

 ジャイミからは「Cレーションの発音は、Cラションが正しいですよ」と、さすがイギリス人。ただ、歴史の資料にはCレーションと書かれているので、目をつむってもらうことに。Cレーションは軍隊の携帯食。難民収容所で配給用の食糧にされていたことは、前にわたしが夢で見た通り。

 いずみちゃんからは「『我ら艦砲ヌ喰ーヌクサー』の子って、ちょっと生々しいんじゃないかなー」という意見が。「私たちは艦砲射撃の生き残り」の子供だという意味なんだけど、夫は「でいご娘」という民謡グループの曲名にあったから使ったと言っていた。

「せめて『生き証人』ぐらいにしませんか」

 いずみちゃんがそう言うので、とりあえず歌詞は何度も歌いながら、気になる言葉は変えていくということにした。

「ところでフェンスを越えよってありますけど、フェンスの中ってどっちなんですか」と言い出したのは悠仁

「そんなの基地だろ、フェンスは基地を囲んでいるんだから、基地の方が中なんじゃない」ムーネーがそう答えると、

「だって、もともと収容所はフェンスの中に作られたんだから、基地の方が外側じゃないですか」

「ははは、そんなのどっちでもいいって、考えすぎー」

 リサちゃんはどうでもいいとふたりの会話には乗ってこない。そのリサちゃんからはちょっと違う発言があった。

「あのですねー、あたしが『缶から三線』をテーマにしようと思ったのは、子供がおもちゃみたいにして缶から三線を楽しく弾くというイメージだったんでー、なんか固いテーマになっちゃったって感じです。でも、ユージさんは東京の大学出てるっていうし、きっと頭がいいんだと思いますし、すいません、ふん、それだけです」

 リサちゃんが始めに考えていた缶から三線と夫が作った歌とは、ずいぶんかけ離れてしまったと、わたしも気になるところではあった。熱血応援団長だった夫は、なんでもやりすぎてしまうところがある。リサちゃんは口には出さなくても、急にナイチャーがアイディアを横取りして、本で読んだだけの沖縄の戦後を歌にしちゃったって思ってるんじゃないかと。

第13話 8月15日(日) 缶から三線
米軍基地のフェンス

 その後、ミーティングは5時には終わり、なんとなくみんなで雑談をしていると、ひと組のカップルが入ってきた。先日も来てくれたフィリピン人のミラと連れの白人だ。日曜日の練習会では見物客にドリンクを売っているので、開店前でも別に構わない。ミラは夕方からはパブの仕事があるだろうから、いつも早めにやって来る。

 リサちゃんがメニューを持って行こうとしたのを「大丈夫」と制して、ガラナを2本運んで行く。少し話せるかなと思ったけど、前回のように早口の会話が始まったので、構わないことにした。相変わらずミラはキャミソールに短パン、そして「ノー」ばかり言っている。

 そのうち、メンバーがひとり、ふたりと帰りだし、お店の開店の時間になる。やがてミラの連れも10ドル紙幣を机に置いて、お釣りを気にせず店を出て行った。ひとり残されたミラを見ると少し涙ぐんでいる。

「ミラ、ねー大丈夫?」と、わたしが呼びかけると、

「あの人、本国に帰るみたい。それで、もう会えないって」

「そうなんだー、それは寂しくなるねー」

 そうとしか答えようがない。わたしは昔はこの手の話にはめっぽう疎かったけど、この街に来てからは男女のやり取りをたくさん見てきている。多分、男の方はいろいろと嘘をついているんだろうけど、女の方もそれを逆手に何か企んでいるはずなのだ。

「フィリピンのお母さんが病気なんでお金を貸して」

 という話は、何度も聞いたことがある。

「ところで、この前、見に来てくれてありがとう。で、カーニバル参加しないかなー」

「ワタシも踊りたいです。でも、友達に聞いてみないと。みんなお金欲しがってる」

 彼女が言うには、自分は参加したいけどお店のダンサー仲間と一緒がいい。だけど仲間との約束では、タダで踊ってはだめということになってるらしい。

 でもミラ、さっきまで泣いていたのに、なんだかもうお金の話になってるぞー。


 沖縄サンバカーニバルまで、あと84日。




 第14話に続く 


第13話 8月15日(日) 缶から三線
ガラナ




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです