まだパレードの真っ最中だというのに、隊列が途切れてしまった。本来、色とりどりの仮装をまとった参加者で埋るはずの800メートルのコース、その半分が無人となってしまっている。夜明け前の午前4時、立ち並んだ照明塔のまぶしさがむなしい。
「10台目の山車が、スタート地点で故障してしまったようです」
テレビ局の女性アナウンサーが、ニュース速報でも読むかのように実況する。カメラはその動かなくなった巨大な山車の上で途方に暮れる、女性参加者を映し出す。地上10メートルほどのところにいるだろうか。花形という意味のデスタッキ役の中年の女性は、直径3メートルはあるかという羽根の背負子のために身動きが取れない。
「涙ぐんでいます、1年かけてせっかく用意したのに、パレードコースには出られません」
消防隊員がクレーン車を使って、彼女を地上に降ろす手はずを進める。同じ山車に乗っていた比較的小さい仮装の参加者十数人は、もう待っていられないと駆け足でコースに飛び出していく。「染料」をイメージして作られたというショッキングピンクの仮装が鮮やかに映し出されれるが、もう後の祭りだ。
「大きな減点は免れないでしょう。山車の項目と、調和の項目の点数はかなり低くなるにちがいありません」
女性アナウンサーが、淡々と採点項目と減点方法のルール説明をし始めた。
お店のカウンターのテレビに映し出されているのは、1994年のリオのカーニバル。エスタシオ・ジ・サーが、SAARA(サーラ)と呼ばれるリオ有数の問屋街をテーマにパレードしたもの。沖縄でいえば那覇の平和通りをテーマにしたって感じかな。
「ふーん、こういうアクシデントもあるんだね。カーニバルって華やかなだけじゃないんだ」
今日は開店時間すぐから、シロさんが生ビール片手にビデオを見ている。
「重量の計算をちゃんとしてないと、スタート地点で人を乗せた途端、山車の車軸が壊れちゃうことがよくありますね。あと、装飾はほとんど発泡スチロールで作るんで、電気系統に異常があると発火して燃えちゃうことも」
1992年のリオのカーニバルでは、パレードコースの真ん中で山車が全焼してしまったことがあった。
「今年はアキさんたちも山車作るんでしょ。人を乗せるとなると、こりゃ責任重大だねー」
「まあ、うちはこんなに大きいの作りませんし、倉敷さんにお願いしてるんで大丈夫だとは思いますよ」
単管、いわゆる鉄パイプの組み立て作業などお手のもんの倉敷さんには、山車の骨組みの設計図を書いてもらっている。辺野古の作業で忙しいとは言っていたけど「それでは現場監督として頑張ります」と、大げさに敬礼までしてくれたので、やる気になってくれてるようだ。
1992年パレード中に出火したヴィラドウロの山車
そして今日は珍しく、幸江さんもカウンターで生ビールを飲んでいる。カーニバルまであと2か月を切り、メンバーやスタッフが週末に飲みに来ることが多くなったので、幸江さんもどうぞと前々から誘っていた。
「あたしの方は、保健所の駐車場借りる手続きしといたからねー、あと、通り会所有のトラック、古いけどどうぞ使って」
幸江さんには山車の組み立て場所として、2年前に移転した中部保健所の跡地の駐車場を使わせてもらえるよう、市役所にお願いしてもらっていた。一番街商店街の北側にあり空港通りに近いので、当日の山車の移動がしやすい。また屋根のついたところがあるので雨天でも作業できる。
「ありがとうございます。わたしの方ではデイゴホテルにお願いして、参加者の宿泊の割引をしてもらえることになりました」
お店からすぐのところにあるデイゴホテルは、Aサイン時代から続いている老舗ホテル。かつては嘉手納基地関係者のご用達だったそうだけど、基地内に立派な宿泊施設ができてからは客足が遠退いたため、最近では、沖縄市内に大型スポーツ施設があることで、学生向きのスポーツ合宿に力を入れてるそうだ。
「それと、この店の二階、貸してもらえることになりました」
というのも、うちのお店とBCスポーツとは同じビルの一階にあり、その二階は空き店舗で広いワンフロアになっていている。ここはBCスポーツの所有で一部倉庫に使用されてるけど、金城さんから「空いてるスペースは、自由に使っていいよ」とのありがたいお言葉。
そこで山車の装飾や仮装などを作る作業場所にさせてもらうことにした。電気は通ってないけど、お店から延長コードで引けばいい。
デイゴホテル
すると、この街の歴史に詳しいシロさんがここぞとばかりに話し出す。
「二階は昔のチャンピオンだろ。いわゆるAサインバーの。フィリピン・バンドとフィリピン・ダンサーが入っていて、ずいぶん賑やかな店だったらしいよ」
確かに二階の奥には小さいながらもステージが残っていて、天井からはピンスポットが埃をかぶったままぶら下がっている。客席の壁には「Wisky&Coke(ウィスキーコーク) $5」「Seven Seven(セブンセブン) $5」といったメニューがいまだに何枚も貼られたままだ。
さらにシロさんが言うには、
「チャンピオンは大島から来た人がやっていたんだよね。奄美大島。この辺のお店、奄美出身の人が多いって知ってた?」
チャーリー多幸寿やニューヨークレストランがそうだと聞いたことがあった。そう答えると幸江さんからは、
「その2軒は大島って言っても喜界島ね。聞いたところでは創業者のふたりとも戦前はアメリカで働いていて、戦争が終わって一度喜界島に戻って、それからこっちに来たそうよ」
幸江さんも、さすがにこの通りの事情に詳しい。
「へー、だから英語ができて、すぐ商売になったんですかねー」
「それだけどさー、大島や宮古なんかから来た人は、最初は八重島の方で商売してたらしいぜ、コザ小の向こうの方で」
シロさんはそう付け加えると話の流れで、この街の地名、コザの由来について語り始めた。そういうのが好きなんだろうねー。
「読谷から上陸したアメリカ軍は、本島を南北に分断するため石川に向かったけど、古謝(こじゃ)にも進んでいって駐屯地が作られたんだ。泡瀬の北にあるだろ古謝。そのあと、嘉間良(かまら)って、ここ中央のすぐ北に難民収容所ができたんだけど、多分、古謝の分所みたいな扱いだったから、そこも古謝と呼ばれたんだ。だけど、発音の仕方の違いなんだろうね、表記はKOZA(コザ)。というのも、この前、県庁の一階で『アメリカが作ったウチナーの地図』という展覧会を見たんだけど、その地図の古謝と嘉間良のある場所には、どちらもKOZA(コザ)って書かれてたんだよ」
その後、施設の大きさからか、古謝の方はスモールコザ、嘉間良の方はビッグコザと呼ばれるようになったそうだ。
そして1950年、嘉間良に隣接する八重島に特飲街、つまりアメリカ兵向けの飲み屋街が作られると、そこも同じようにコザと呼ばれることになり、さらにBC通りができると、この地域一帯がコザになったというわけだ。
「じゃあ胡屋はどう表記されているかってその地図を見たら、ちゃんとGOYA(ゴヤ)と書かれてる。コザは胡屋の表記ミスだってよく言われるけど、そうじゃないみたいだよ」
ちなみにアベニューからすぐのところにあるコザ小学校には、沖縄では珍しく制服がある。シロさん曰く、特飲街のそばだったため治安が悪く、地元の子供を見守るためだったそうだ。
「一年中スカートだったから、冬はさすがに寒い日もありましたねー」
アメリカ人のお客さんと話をしていたコザ小出身のリサちゃんが、そこだけ話に割り込んできた。
2004年当時の八重島の歓楽街跡地
古謝の場所にKOZAと表記がある米軍地図
やがて、7時を回ったころに倉敷さんがお店にやってきた。
「現場監督さん、いらっしゃいませ」とふざけてあいさつすると、
「今日はいい人連れてきましたよ」
横に立つのは藤川充隆さんといって、海上自衛隊の自衛官だそうだ。ふたりもカウンターに座ったので、幸江さんと倉敷さんを真ん中にして4人並ぶことになった。倉敷さんにはピンガのキープボトルを用意する。
「最近、テニス仲間を通して知り合ったんですけど、お祭り手伝ってくれないかって頼んだら、部下の人まで連れてきてくれるって話になって」
倉敷さんによると、藤川さんは勝連半島のホワイトビーチに隣接する自衛隊基地の通信部門にいて、新入隊員の研修を受け持つ教官でもあるらしい。陽焼けした顔に髪を短く刈り込んでいて、ちょっと小柄だけど筋肉質。広島の呉出身だそうで、広島なまりで話す口調がなんとも人懐っこい。いつもは制服を着てるんだろうけど、今日はアロハシャツに半ズボン。倉敷さんとファッションの趣味が似ているようだ。
「あのですねー、わしももちろんお祭り好きですけど、自衛隊には地元のお祭りに協力しなさいって不文律があってですねー。ほら、札幌の雪祭りがそうでしょ。特に沖縄では自衛隊の評判が悪かったりしますんで、なんなりといってください。山車も作りますし、太鼓も叩きますし。よければ那覇の航空自衛隊にも声かけてきますよ、はい」
さらに話を聞くと、海上自衛隊はブラジルにはゆかりがあるという。毎年、遠洋練習航海というのを実施していて、世界各国を演習して回る中、南米大陸にも行くのだそうだ。
「略して遠航(えんこう)と言うんですわ、わはは。実は今年もブラジルに向けて4月に遠航しに行きましたよ。北アメリカを経由して先月くらいブラジルのサントス港じゃないですかね」
サントス港につくと、ブラジル在住の県人会の人たちが日の丸片手に迎えに来ていて、隊員は出身県ごとにもてなしを受けるのが恒例なんだそうだ。だから隊員は結構ブラジルの料理やお酒に詳しいらしい。
とりあえず藤川さんに、シロさんと幸江さんを紹介する。すると幸江さんはちょっと苦笑いをしながら、
「なんだろねー、これー悪口じゃないよ、お祭りで頼りになるのが基地建設屋ーと自衛隊って」
「幸江さん、だからうちは海洋調査。基地建設ではないですって何度言えばいいんですか」
幸江さんは倉敷さんとは何度か会っているので、どんな仕事をしているかは知っているはずだけど。
「だから、悪口じゃなくてさー、逆に地元の人間が頼りにならないってことなのかねー」
「まあまあ、市職員も色々とやることがあるんですよ」
シロさんがそう答えはするけど、沖縄の男はダメだというのは、幸江さんの口癖だっけ。
「まあいいさー、おふたりに期待してるよー、よし、じゃあ、乾杯しよう」
幸江さんのひと言でカウンターの男性3人は、言われるがままに乾杯のポーズをとった。こうなると今夜は幸江さんのペースになるんだろうな。
ところで、リサちゃんにも藤川さんを紹介しようと探すと、「店の外で電話してるよ」と、シロさんから。そういえば今日は携帯ばかりいじっている。まあ、いいか。店はそんなに忙しくないし。
そのうち、幸江さんは「あたしにもグラスをちょうだい」と言うと、倉敷さんのピンガのボトルに手を伸ばした。
「ねー、倉敷さん、あんた辺野古の基地建設の手伝いなんてして心痛まないの。あたしのおばさんは13の時、焼夷弾で死んだんだよー」
「いや、僕だって戦争は反対ですよ。それに、何度も言いますけど、うちの会社は調査するだけで建設ではないんですよ」
「じゃあ、ココには基地作れませんって、調査結果出しゃいいじゃないの」
「むちゃくちゃ言わないで下さい。仕事は仕事です。でも、僕は水産高校出身で海の仕事をするのが子供の頃からの夢だったんです。だから、海を裏切ることはしません。これだけは信じてください」
「ふーん、なんかかっこいいこと言うじゃない、でもほんとかなー」
「まーまー、倉敷さんも幸江さんも、平和をテーマにカーニバルするって聞いてますけど、そういうことですよね」
藤川さんが大げさに両手を広げて、ふたりの間に割って入ろうとする。
「いやいや、自衛隊にそれ言われてもなー」
「待ってくださいよー、ぶち怒りますよー、わしたちだって、戦争したくて自衛隊に入ったわけじゃないんですからー、ねー」
カウンターに並んだ4人全員が「はははは」と声を揃えて笑う。倉敷さんから、
「よし、アキさん、新しいボトルいれてー」
「いいねー」と手をたたく幸江さん。
みんなはすぐに意気投合して、やがてどんな山車を作るかという話になった。すると倉敷さんが「実は妙案があるんですよ」と切り出す。トラックはバックで、つまり荷台が前、運転席が後ろになるように押せば、山車の上の装飾やダンサーが正面からきれいに見えるでしょうと。
「それは逆転の発想ですね」と、藤川さん。
「言われればあたりまえだけど、確かに思いつくかどうかだよね」幸江さんも感心している。そんな中「ちょっとトイレ」と立ち上がったシロさんが、
「あれ、リサちゃん、もう上がっちゃったの。今日はあんまり話しできなかったなー」
そうなのだ。まだ8時になってないけど、リサちゃんにはすでに上がってもらっていた。
「なんか、用事ができたみたいで、さっきお店、慌てて出ていきましたよ」
わたしは、そうとだけ答えた。
今日、リサちゃんがやたら携帯をいじっていたのには理由があった。
カウンターで4人が話に盛り上がっているとき、リサちゃんから「ちょっといいですか」と厨房の中に誘われた。ちょうど手の空いていた夫は、気を利かしてかトイレに行くと言って出て行った。
「あのー、誰かに相談させて欲しくってですねー」
「どうしたの、妙に改まって」
「そのー、実はトーニオが来月イラクに派遣されることになりまして」
「えっ」
突然のことに思わず言葉に詰まった。そうか、トーニオはイラクに行くのか。戦争などどこか他人事のように考えてたけど、やっぱりこの街は基地の街なんだね。Yナンバーの車のトランクに「注意!100メートル下がらないと撃たれるぞ」という、英語とアラビア語のステッカーが貼ってあったのを思い出した。
「それで、戦地に行くときには任務が終わるまで、恋人とは連絡を取らないようにって、上官から命令が出てるって」
生きるか死ぬかというときに、恋人がいると作戦の邪魔になるのだという。
「でも、それほんとの話なの」と聞こうとしたけど、思わず口ごもった。見るとリサちゃんは涙ぐんでいた。代わりに、
「イラクに行った人、みんなが死んでるわけじゃないんだし、大丈夫よ」
とは言ったものの、本当にどう言葉をかければいいかわからない。
「どうしよー、ふん、あたしどうしたらいんですかねー」
リサちゃんはその涙目を、わたしにしっかり向けてそう嘆いた。わたしはとりあえず彼女の両手をとって、「うん、うん」と自分の手の平でしっかり包んであげた。
沖縄サンバカーニバルまで、あと58日。
第17話に続く
「注意!100メートル下がらないと撃たれるぞ」と書かれたステッカー
コザ小学校校門
※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです