小説 沖縄サンバカーニバル2004

20年前の沖縄・コザを舞台に、現在も続く沖縄サンバカーニバル誕生秘話

第18話 9月19日(日) フェンス

 5日の練習会が台風で中止になった分、12日の練習は目いっぱいしたかったんだけど、メンバー誰しもがオリオンビアフェストに行きたいことはわかっていたので、3時には練習をやめて、みんなで会場のある沖縄市運動公園に向かうことにした。300円でビールが飲めて、ディアマンテスのライブが無料で観れるんだから、行かなきゃ損だよね。

 ただし、この日は沖国大ヘリ墜落事故に対する宜野湾市民大会というのが同大学のグランドであり、あとでニュースを見たら、主催者発表だけど3万人が集まったそうだ。気にはなってはいたけど、うーん、それに参加するほど、わたしは熱烈反戦論者ではないな。

 あと、リサちゃんはこの日の練習には姿を見せなかった。トーニオの任務のぎりぎりまで、日曜日は彼と一緒にいたいと言っていた。まあ、とりあえずは、とやかく言うのはやめておこう。

 ただ、ジャニースの夫のベンジャミンが、去年までに2回イラクに赴任したことがあるので、彼女に少し話を聞いてみた。すると一昨年に行ったときは、イラクでのいろいろな出来事を土産話のように話してくれたそうだ。

 確かにわたしも、フセイン肖像画の入った紙幣をお土産にもらった覚えがある。ただし、去年行ったときには、3か月ぶりに家に帰ってくると、イラクでのことをほとんど口にしなかったという。

 もともと軍事情報をぺらぺら話す人ではなかったそうだけど、

「夫の態度ですぐにわかったわ、相当悲惨な出来事があったみたい。それでそのあと、配属先の移動を申し出たの、もう戦地には行きたくないって」

 彼女は少し顔をしかめながらそう話してくれた。

 9月に入って、イラクでの米軍の戦死者数がついに1000人を超えたらしい。

第18話 9月19日(日) フェンス
当時のイラクの紙幣

 そして19日は、ようやく普段通りの練習をすることができた。

「みんな、まだ2か月あると思ってるかもしれないけど、当日まで今日を入れて日曜日は7回しかないからね。作業もしなくちゃいけないから、1回1回の練習を大切にしよう」

 夫にちょっと焦りが出て来たみたいだ。ブラジルのサンバチームでは練習は週3回だったから、あと7回の練習ということは、ブラジルではもう本番まで2週間ちょっとということになるからなー。

 とりあえずダンサーの練習は、わたしたち5人が受け持つ先頭グループの振り付けを作ること。この先頭グループはコミッサン・ジ・フレンチと呼ばれ、カーニバルではバテリアや旗持ちペアと並んで重要な役割。パレードの先頭に立ち、その年のテーマを表す衣装をまとい、振り付けで踊る。だから、必ずしもビキニを着てサンバステップをするわけではない。

 今回はタイムトラベラーとなって、沖縄の戦後の歴史を旅するという設定にしたいので、鉄道の車掌の制服をモチーフにした衣装を考えている。ちょうどサンパウロのサンバチームから下取りしてきたものがあった。

 また、チーム名のPEIXE(ペイシ)のひと文字ずつを段ボールで作り、手に持って、エイトカウントで縦になったり横になったり、Vの字になったりして踊ろうとも考えている。

 懸案はナーナーを入れた場合、身長差を考えた上で、彼女を中心にしてどう踊るかなんだけど、今日もリサちゃんが練習に来ていないので、ナーナーもいない。どうしよう、間に合うかな。

 リサちゃん自身はバテリアの前でソロで踊るので、何とかなるんだろうけど。とりあえず、今日のところは尚ちゃんがナーナーの場所に入って練習を進めている。ただ、その尚ちゃんからは、

「わたしーの相手は誰になるんですかねー、健司さんって来てくれるんですかー」

 というのも尚ちゃんが担当するポルタ・バンデイラは、メストレ・サラと呼ばれる男性ダンサーとペアで踊ることが基本。

 そこで健司さんに頼めないかと考えていたんだけど、ここのところ連絡が取れないのだ。いよいよの時にはジャイミにお願いしようとも思っている。彼はカポエイラをやっているので、そこそこ踊れるんじゃないかな。そもそもメストレ・サラは、かつては敵対するチームに旗を奪われないようにと、格闘技ができる人が選ばれたそうだ。

「わたしー、先頭グループに入っちゃ、やっぱりだめですよねー」

「うーん、ポルタはチームの旗を持つ大事な役だから、できれば地元メンバーにやってもらいたいなー」

「そうですよねー、はは、いやナーナーが来なかったらみんなが困るかなって思っただけです、はは」

 彼女はいつもひとりで練習してるので、つまらない思いをさせているのかなと、いまさらながら感じるところがあった。そうだよね、ちゃんと考えてあげないと。

 一方、バテリアの方はというとブレッキの練習が主に。ジャズで演奏を一度止めることをブレークと言うけど、ポルトガル語読みではブレッキと言う。サンバでも演奏を止めて、そのあとリズムを変えることで、曲にメリハリをつける工夫がされる。

 というのも例えばリオのカーニバルでは、スペシャル・グループのパレードは持ち時間が90分。1曲の長さが3分とすると、延々と30回演奏が繰り返されることになる。毎回ずっと同じではやはり退屈なので、パレードの流れを見ながらブレッキが活用されるのだ。

 パレードで演奏されるサンバは、なべて言うと4つのパートで構成されている。一番最初にチーム名が入った繰り返しが来て、次にAメロ、真ん中にはテーマに関するさびの繰り返しがあって、次にBメロ。

 演奏には間奏は入らないので、Bメロが終わると、また一番最初の繰り返しに戻る。ブレッキは、この2か所ある繰り返しと、Bメロの最後にに使われることが多い。

 今年のうちのテーマ曲では、出だしの「ケン バイ チ コンター…」と、真ん中の「人は倒れ、骨となり、珊瑚に戻るとも…」の部分が繰り返しで、「生きてる その奇跡 未来に捧げよ」がBメロの最後。

 この3か所のメロディーに合うようなブレッキをそれぞれ作り、合図が出されたときに、それを間違えないように演奏する、というのが、今日からの練習というわけだ。

「おいおい、ムーネー、なんでつられて止まっちゃうかな、スルドとタンボリンが止まっても、カイシャとショカーリョ残しなんだから続けなきゃ」

 夫が指導しているのは、低音のスルドを止めて、スネアのついたカイシャと、小さなシンバルが並んだショカーリョをメインにするブレッキ。シャカシャカと金属音の強い演奏にして、Bメロの最後を潮風や小波のようなイメージにしつつ、ボーカルを全面に出したいんだそうだ。

「すいません、ゴリのスルドが止まると、つられちゃうんですよ、なんか慌てちゃって」

 ムーネーが赤いあざの額をなでる。練習が足りないと不安になって、ついつい演奏を止めてしまうのはブラジルでもよくあること。パレード本番で演奏が乱れたチームを何度も見たことがある。

 その一方で、ブレッキが正確に決まるとチョー気持ちいいんだよと、夫は最近になってから、水泳の金メダル選手の真似をしながらよく言っている。

第18話 9月19日(日) フェンス
労務管理機構コザ支部 かつてはプラザハウスの裏手にあった 

 やがて5時には練習を終え、その後、みんな帰るともなくダラダラしていると、いずみちゃんから基地への就職の報告があった。正確には転職か。

「何度か受けてたんですけど、この度、軍雇用で嘉手納基地の郵便局に採用されることになりました」

 半年限定の臨時雇用だそうだけど、働いているうちにほぼ本採用になるんだそうだ。そういえば、いずみちゃんはTOEICの点数がが750点はあるということを、以前、なにかの折に聞いたことがある。

「いずみさんいいなー、私、全然就職決まらないんですよ、スーパーなら採用がたくさんあるんですけど、先輩に聞いたら忙しくて生理止まっちゃうよーなんて言われるし」

 琉大3年生のユキちゃんはすでに就職活動を始めているようだけど、希望する企業から、なかなかいい返答がもらえないとのこと。

「ユキちゃんも軍雇用、受けてみたら、公務員並みの待遇だよー」

「いやだめですー、英語全然できないんです、だから、はなからTOEICなんて受けてませんしー」

 すると夫がもちろんふざけて、

「ユキちゃんはピストル撃ったことないのー、撃てたら基地のガードマンになれるよー」

「もー、バカなこと言わないでくださいよ、ユージさん、こっちは真剣なのにー」

 最近、藤川さんとは別のお客さんで、自衛隊を除隊し米軍の瀬名波通信所のガードマンになった人がいたのだ。もちろん射撃訓練を受けていたからで、まさに「即戦力」だったというわけだ。

 一方、「ところで悠仁はどうするの?」と、わたしが尋ねると、

「僕はできたらスポーツ医療の仕事につきたいんで、実家のある静岡に戻ろうかと思ってます。沖縄ではあまり仕事がないみたいなんで」

「ひどいでしょー、わたしは長女だから沖縄で就職しようとしてるのに、悠仁は次男なのに沖縄出ていくって」

 ユキちゃんはまだ少女のような面立ちなので、わたしからするとおままごとのような会話に聞こえる。でも先月かな、ユキちゃんのご両親と一緒に、ふたりがお店に食べに来てくれたことがあった。ふたりはすでに同棲してるとも聞いてるし、まあ、そこまでの関係なら言うべきことは言いなさい。

「ところで、いずみさんはフェンスの中に就職なんですか、フェンスの外に就職なんですか?」

 悠仁が、またなぞなぞのような問いかけをする。

「またその話ー、米軍の仕事なのでフェンスの中だけど、ウチナンチューとしては確かに外かな。これから新しい世界に飛び込むという意味で」

 この日はそのまま店を開けてると、6時過ぎにナーリーさんが来てくれた。彼女の慶子さんも一緒だ。

「さっきまで慶子と那覇空港へ行って来たんですけど、軍港桟橋の前通るとジープやらトラックやらがずらっと並んでて、すべて砂漠色の迷彩でしたよ」

 確かに国道58号線を走っていても、いつもならモスグリーンの迷彩のトラックばかりを目にしてたけど、ここのところ薄茶色のものも見かける。

「そういえばダンサーに誘っているコロンビアの女の子がいて、その子、輸送機の掃除してるんだけど、砂漠の砂だらけだって言ってたなー」

イラク戦争、終わらないみたいですねー」

 そう言いながらナーリーさんは、慶子さんとカウンター席に腰かけてくれた。

「ところで慶子さん、なんかわかりました」と、わたしはすぐに前のめりになる。

「ええ、あまりいい話じゃないかも…」

 慶子さんはそう付け加えてから、これまでにわかったことを教えてくれた。

「実はアントーニオ・ゴメス・ロドリーゲスという名前は3人いたんです。でもひとりはキャンプ・ハンセンだったから、ちがいますよね。残りのふたりはキャンプ・フォスター。ただね、ナーリーがこの前、フォスターで…」

「オレが話すよ。通り会の夏祭りの時、トーニオの顔を見て、どっかで見たことあるなと思ってたんですよー。7月の独立記念日にフォスターでボーリング大会があって、会社の仲間と参加したんですけど、確かその大会で入賞したやつじゃないかと思って。それでボーリング場に聞きに行ったらビンゴで」

 同一同名の申し込み用紙に、電話番号が書いたあったそうだ。そこで慶子さんは、

「そのことをナーリーから聞いて、電話まではしなかったけど、どこの寮に住んでいるかはわかるんで調べてみたら」

 そこからは、またナーリーさんが話し出した。

「M・L・Gだったんですよ」

「M・L・Gって? 海兵隊(マリーン)なんでしょ」

海兵隊(マリーン)は海兵隊(マリーン)なんですけど、マリーン・ロジスティック・グループ、えーと、日本語では運搬だったかな、オレの仕事みたいなやつ。つまり、つまりですね、前線では戦わないグループなんですよ」


 沖縄サンバカーニバルまで、あと49日。




 第19話に続く 

第18話 9月19日(日) フェンス
キャンプ・フォスターのボウリング場




※この小説は実際あった出来事をヒントにしたフィクションです